アオキウタ

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アオキウタ

 暑い夏だった。  ひらり、宙に舞い、軽やかで華やかなチアリーディング。  (しょう)は甲子園の応援で先輩から譲られたばかりのゼノ(トランペット)のマウスピースから口を放した。  すぐ隣で彼女は踊っていた。  勝利のラインダンス。のびやかな手足。  胸にハートをあしらった赤いユニフォーム。  胸に抱かれた金色のポンポンがはしゃいでいた。  なにより、真っ白な十本の歯をきらめかせて笑うその姿。  高校生活の思い出にと入部した吹奏楽部で、こんな光景を見られるなんて。  その日から昌は(まい)だけを見てきた。  憧れと羨望と眩しさで心がくらむ。  だけど昌は施設育ち。  原則十八歳で自立が求められる。  いくら勉強ができても、大学へ行きたくても、恋をしたくともタイムリミットまでわずかしかなかった。 「九条(くじょう) 舞さん、あなたが好きです! お願いします!」  朝っぱらから昌は唐突だった。  舞は小首をかしげ、尋ねる。 「どうして、私なの?」  今まで言い寄った女子はみんな断られてきたというのに。 「あなたのチア姿に……その! ひとめぼれです!」  浅くうなずいて、舞は申し訳なさそうにした。 「もうチア部は引退したし、私はそんなふうに想ってもらえるような娘じゃないから」 「そんなことはありません! あなたの笑顔は最高です」  サッと白い花束をさし出し、昌はもう一度。 「オレとつき合ってください!」  声がひっくり返ったが、やり直しはきかない。 「ありがとう、でもごめんなさい」  ガーン! 衝撃に意気消沈する昌。 「そんな! オレ、ずっとずっと……あきらめません!」    その場に花束を置いて、屋上への踊り場で昌は泣いた。  そこへ御神楽(みかぐら) (りゅう)が来た。  膝を抱えうずくまる昌を見下ろして、 「うわさになってるぞ」 「ッ!」  昌は鋭く目だけを向け、隆をにらんだ。 「朝から呼び出したりするから……だいたい、なんで舞なの?」 「舞さんを呼び捨てすんな! オレがフラれたからって、おまえに関係ないだろう!」  ふーん、と鼻をならして、隆は昌の隣に立った。 「関係なくないよ。舞とは小さいころからご近所だし」 「いちいちうらやましい……」 「や、団地って狭いぜ? プライバシーもあったもんじゃない」 (くそ……団地……産まれた時からそばにいるなんて、いぃいなあぁああっ)  昌はうつむき、唇をかんだ。 「てめえ、舞さんと幼馴染だからっていい気になるなよ!」  昌の手が、強くつよく、隆の足をつかむ。隆はなんとかふりほどき、 「いい気になるどころか……大変だけど」  さっさと立ち去った隆の言葉を、昌はこのときまだ理解できていなかった。  口さがないクラスメイトたちの間で、昌と舞のことはうわさになっていた。 (くそ、誰だよ。言いふらしてるのは。さてはあいつか)  隆の突き放した言い方が、どこまでもいけすかない、嫌なヤツだと昌は思った。  だいたい、舞にフラれた自分に真っ先にちょっかいをかけてきた。  あんなやつ、席が隣だというだけで口をきくのももう、うんざりだ。 (舞さん、好きなヤツがいるんだろうか……?)  くよくよしていても始まらないが、気になるものは気になる。  うちひしがれて、昌はぽっかりと心に空いた穴を、むなしさと共にかみしめた。  だいたい、彼は理想が高い。  高三になる今までに彼女がいたためしはないし、将来もどうなるかわからないのに、どうして学年ナンバーワンの舞にそこまで執着できるのか。  ひがみか、昌は毎日舞に笑顔を向けられている隆が許せない。  乙女の理想、あこがれのカスミソウの花束をつき返した次の日、舞は隆を訪ねてクラスまで来た。  入り口前で彼女が隆にさしだしたのは、ピンク色の封筒。  昌は目をむいてその様子を見ていた。  舞は眉をハの字にして隆に笑いかける。 「また頼まれちゃった。隆ちゃん、モテモテなんだから」 「舞だってな」 「またー、なんだか妬けちゃう」  昌の脳裏に暗い衝撃が走った。 (舞さんは隆が好き!? 手紙の主に妬くほどに?)  たとえそうでも今更、昌になにができたろうか。  しかし、黙って指をくわえて見ているのは嫌だった。  もうすぐ昼休み。  現国の自習用のプリントを終えた隆が席を立った。  シャープペンシルを何度もノックして首をかしげていたので、芯がなくなったのだろう。  隣の席の昌は知っている。 (あいつは名前を最後に書く)  バカではないのに、成績が中の下なのは答案用紙に名前をよく書き忘れるからだ。  昌はクラスメイトたちが昼食に行ったのを見計らって、机に残されていた隆のプリントを手に取った。  くしゃくしゃに丸められたそれが、表の花壇に落ちていくのをじっと見下ろす。 (――ざまあみろ!)  昌は気分が、ほんの一瞬だがスッキリするのを感じていた。  しかし、体育授業で校庭を使っていた舞が、わざわざ見つけて隆に届けに来たのは誤算だった。  無記名だったにもかかわらず、筆跡でわかったというのだ。  昌は腑に落ちないものを感じながら、隆のそばへ立った。 「だめじゃん、窓から捨てたら」 「……舞と長年一緒だと、ちょくちょくこういうことがあるんだ」  隆はちらりと昌の方を見やって、名前を記入し始めた。  ちょくちょく。 (そんなにちょくちょく、舞さんは隆をフォローしているってことか!?)  昌はまたも衝撃を受けた。 (そこまで舞さんは隆のことを!?)  それまで隆との間にかすかに存在していた友情めいたものが、急速に冷えていった。  隆と舞の不思議な絆に、昌には入りこむ余地などないのではないか。  ――もうだめだ。  自身の想像に耐えられなくなった昌は、その日、夜の繁華街をふらついていたところを補導された。  ――あきらめられない。  夏の彼女を忘れられない。  本当に唐突に――変わりたい、と昌は思った。  この非情な世界が変わらないのなら、自分が変わるしかない――今までと違う自分に。  めずらしく遅刻してきた昌を見かけた隆、予鈴と共に教室から追いかけてきた。 「昌、最近おかしいぞ。どうしたんだよ」  どうしたもなにも、舞にフラれた時から昌は荒れっぱなしだ。  昨日はピアス穴が耳に三つも増えていたし、今日は頭髪をブリーチしてきた。 「るっせ」  思いがけず、とがった声が踊り場に反響した。 「言えよ。友達だろ」 「なんで友達」  隆はふっと溜息をついた。 「席がたまたま隣だったからって、オレはおまえとつるんだ覚えはないぞ」 「そんなこと言っていいの? 知ってるんだ。この間のプリント、昌がやったんだろ?」 「なん……」 「窓から捨てたらダメだって言ったのおまえだろ? 確かにプリントは窓の外にあったけど、そんなの知ってるのは捨てたやつじゃんか」 「語るに落ちたってやつか」 「なんでボクが許したと思う? 同情だと思うのか? 舞にフラれたから? それだけはないよ」 「変なヤツ」  昌は静かに溜息した。  じゃあなんで、とはあえて言わない。  隆は彼なりの友情を示してくれているのかもしれない。  観念したように昌は天井を仰ぐ。 「あぁ、なんでだろうな……オレには力がない。舞さんを守りたいのに、笑顔にしたいのに」 「えー? 舞はいつでも笑ってるよ」  昌が知らないだけで、舞はいつも笑っている。  チアリーダー・スピリッツの笑顔、明るさ、元気、思いやり、責任感、礼儀正しさを必死で守っているのだ。 「それは……」  それは隆がそばにいるからではないか、昌は思ったが言うことははばかられた。 「それに、昌は舞にとっくにフラれてるじゃん。守りたいとか笑顔にしたいとか、全部妄想の域だよ。フラれた程度でそのていたらくじゃ、一生舞とはやっていけないね」  隆は辛らつだが、いっそはっきりしてくれて昌には気が楽に思えた。  この世のありかたに昌は慣れていた。 「あー、だけどさ、これは妄想じゃないよ。なんかガラの悪い人たちが、校門前でおまえを探してたって、誰か言ってた」  ささやくような声で、隆が心配そうに言った。 「大丈夫なの? 妙なことに足、つっこんでないよね?」 「安心しろよ。てめーには関係ねぇ」  昌は夜の街中で、本格的にヤバいグループに目をつけられていた。  どうやら少々、悪目立ちしすぎたらしい。  だが、高三でデビューした昌に、刃物をオモチャ替わりにしている連中と渡り合える根性はさすがになかった。  グループに、深海沢(ふかみざわ) 勝利(しょうり)という男がいた。  グループ内の抗争で、巻き込まれそうになった昌がとっさに警察を呼んだ。  おかげで命が助かった深海沢は、なにかと昌を引き立てるようになったのだ。 「えっ、同じ高校……だった、んですか?」  敬語になってしまう昌はやはり正真正銘の小物だった。 「おぉ、九条 舞? 一年のクラスでは一緒だったっけな。なんかおとなしくって。どんな顔だったか、憶えてねえや」 「えっ、あんなに目立つ人なのに?」 「悪いが知らねえな。おまえな、ヤンキーは女なんざよりどりみどりよ。なんだったら紹介するぜぇ」 「オレは一生に一人でいいんです。好きな女、幸せにするのが夢なんで。甘いですかね」  深海沢はまともに学校に出ていなかった。  でなければ、真紅のトサカはすぐに目についたはずだ。 「学校ってところではトップになれなかった。退学になってもどうでもいいやな」  深海沢は当初トップエリートとして入学したらしいが、人間関係のいざこざで挫折したらしい。  アウトローにも事情はさまざまだ。  昌も施設には遅くまで帰っていない。  残り少ない日々を、舞の顔見たさに学校へ行っている。  そんな彼に深海沢、 「今どきのワルは、勉強してるんだよ。長くこの世界にいると、ハッタリがきかなくなる時が来る。成績が悪くないなら大学へは行っとけ。オレも行く」  しかし、昌には自信が欠けていた。 「今どきネンショーよりハクがつくだろ。うまくすれば幹部になれる。必要なのはココさ」  深海沢はこめかみを示す。 「だって、オレ、集団で暴力は苦手で……」 「どうでもいいこと考えんな。その慎重さはいける。なれよ、グループのブレインに」  そうまで言われると、昌の中に燃えるものが一握りわいてきた。 「これからのグループには、おまえみたいなのが必要になる。な?」 「そ……っすかね」 「オレは医者になるんだ……人の心の痛みがわかる医者に。なあ、オレって夢見てるって思うか?」  昌は首をふった。  もとエリートだったなら考えられないことではない。 「ありがとな! まあ、だからというんじゃないが、おまえもあきらめんなよ! いろいろとな」  深海沢の言葉は心地よかった。  なにより、自分を否定されないことがうれしかった。  他人の言うとおりにするのは業腹だが、そうまでしてみこんでくれるんならと、昌はバイト代で新聞を買った。  経済から株の動きまで見て、一面記事は暗記する。  世界情勢に詳しくなってきたら、深海沢がテストする。  昌はこの新しいゲームにはまった。  金の回るところが、次第にわかってきた。  裏の世界を掌握するんだと、冷徹な計算が働くようになってきた。  一方で、表の顔も維持し続けた。  あるとき。 「おまえ、弁護士にならねえか?」  深海沢の言葉に、昌ははっとした。 「法曹界にツテがあれば、オレらもやりやすいからな」  それはやりたい放題だ。 「そんなヒーローみたいなの、向きませんよ」 「気が向いたらでいい。スーパーヒーローとして、裏でオレらを助けてくれよ」 「そ……っすね」  気が向いたらか。  昌は獰悪な笑みを浮かべた。  上を目指す目的がすりかわり、理由が悪を助けることになった。 「気が向いたらですよ」  今や昌は犯罪者予備軍になろうとしていた。  九月の残暑、舞に変化が起きていた。  新学期から妙に手足がやせこけてきて、日中もふらふらしている。  夏休み中、隆が病院につきそっていたという噂が立ち、昌は震撼した。  そこまで悪い状況なのか、命に危険はないのか、心配だった。  今さら舞にしがみついてもどうしようもない。  だが。  隆を問い詰める昌。  隆は肝心なところを答えようとしない。 「舞は家でいろいろ大変なんだよ。言ったろ、舞とやっていくには生半可な考えじゃ不可能なんだ」 「いろいろってなんだ!?」 「舞が言わないのに、ボクがなにか言えるわけないよ」 「言えよっ! 原因は親か、きょうだいか? ああんっ」  隆はガンとして口を割らない。  いらだった昌は隆を殴り、前歯を折るけがをさせてしまった。  しまったと思った。  ショックで頭が働かない。  深海沢には経歴に傷をつけると、後々動きにくくなるときつく止められていたのに。  初めて人を殴り、昌は停学処分を受けた。  さらに悪いことに、殴った現場を舞に見られてしまった。  舞は隆にとりすがり、弱々しく昌を責めた。  だが、昌にはそれは遠い世界の事に思えた。 (何をしているんだ、オレは……)  昌はこれまでの自分を振り返る。 (ただ舞さんが好きだったのに、こんなことやっていても振り向いちゃくれないとわかっていたのに。オレはどこでどう間違えてこんなところへ来ちまったんだろう。おまけに舞さんの大切な幼馴染みまで傷つけて。たとえ舞さんが隆を好きでもかまわない。戦えばいいだけだ。けど、こんなの戦う以前の問題じゃないか。もう、戻れない……)  気づくと昌は夜のネオン街のビルの屋上で、フェンスを越えようとしていた。  この世界から逃げ出さねば。  そればかりを考えていた。  深海沢が駆け付け、煙草を勧めてきた。  しかし、どうでもよかった。  暴力にまかせて人を傷つけてしまった自分が嫌になっていた。  それだけは厭って、自分を支えてきたのに。  あの男と同じ血を引く自分を呪った。  なけなしの自尊心がガラガラと音を立て崩れていく。  彼の中に流れる血の半分は、父の暴力を引き継ぎ、もう半分は彼を守って死んだ母のものだった。 「馬鹿が!」  深海沢が手痛い仕置きをしてきたが、昌はもはやこの世にとどまる理由が見つけられない。  ふらつく頭で昌は言う。 「オレ、グループぬけていっすか?」  生ぬるい希望は必要なかった。  涙も出てこない。  自分は変わった。  確かに闇の世界に染まっていた。  しかし、舞にあんな顔をさせるつもりではなかった。  はっとしたのだ。  変わらぬ自分のちっぽけさに、昌はあえいでいた。  陸に上がった魚のように苦しかった。 「おまえならリーダーは幹部にしてやると言ってるんだ。女がなんだ。ちんけな悩みだ」  深海沢は昌の肩を抱き、なぐさめるように言ったけれど、昌はもう言葉が出てこない。  乾いた心が痛かった。  停学中、うだうだと悩み続けていた昌だったが、学校では全国模試で隆がトップに躍り出た。  入院が決まったという舞に、隆は熱をこめ、 「舞は、ボクが助けるからね」 「隆ちゃん……あいつらをどうにかして。お願い」  などと保健室で言い交わしているのを見てしまった。 (あいつら? あいつらってなんだ。舞さんを苦しめているヤツらがいるのか? そうなんだな?)  今や自ら日陰者になろうとしている昌にはヒーローを名乗る資格はない。  彼は我が身を呪わずにいられなかった。  このまま悪の世界に居続ければ、舞とは別世界に棲むことになる。  もう、舞には逢えまい。  その姿を見ることも、叶わなくなるのだ。 「深海沢さん、オレは抜けたいんです。なんと言われようと」  深海沢は止めたが、昌の思いは覆らなかった。  グループを抜けるには、通過儀礼がある。  互いに任意の的を選び、体のどこかに捧げ持つ。  相手がそれを射抜けば勝負は決まる。  逆に的以外にあたれば負けだ。  昌はダーツの的に目を向けるとそれを両手で掲げもった。 「楽勝」  深海沢はナイフでもって難なく的を射抜いた。 「三点。おまえの番だ」  深海沢はアメリカンチェリーを指につまみとった。 「的を外せば、おまえの負けだ」  そういって深海沢はその小さな的を心臓の位置に構えた。 「そ、そんなところ……」 「当たれば十点だ。おじけづいたか?」 「そ、そんなんじゃねぇけど、オレが外したら……あんたは」 「そうなったらそうなったでいいじゃねぇか。お前は人を傷つけられるこっち側の人間だ。もう戻れやしねぇよ」  飛び道具は自由。  さくらんぼが的では、刃物は怖い。  相手の体に当てれば、即敗北。  しかし、深海沢は最初から昌にそんな度胸はないと思っている。  昌を揺さぶって動揺させ、賭けを降りさせようとしたのだ。  しかし、昌はそうしなかった。  昌は青ざめながらダーツを手に取る。  興味深そうに口笛を吹く連中の声が、わき腹を切って裂く。  ひやりとした。  いわれのない暴力ではない。  これは勝負――賭けなのだ。  昌は頭の中が真っ白になりつつも、勝算をはじき出す。  湿る手のひらでダーツをそっと握った。  それは的の中心を射て、地に落ちた――。  くしゃりとも音はしなかった。  深海沢は空になった指先をぺろりとなめる。 「十点、満点だよ……」   深海沢を傷つけることなしに勝負を決めたのだ。  グループの連中はおどろいた。  未だかつてこの深海沢の挑戦を受けたものもいなければ、アメリカンチェリーを射抜いたものもない。  こんなものには正体はなかった。  投げる方が怖気づいたら、終了だ。  選んだ的が小さければ小さいほどに、相手に言うことをきかせることができるのだ。  深海沢の独り勝ちは確定だったというのに。 「おみごと」 「深海沢さん、なんでこんな……」 「わかってねえな。おまえは自分を」 「そんなことを言ったって、オレはあんたを殺してたかもしれないのに!」 「そういう優しいやつだから、賭けてみたくなったんだよ。オレもな……」  深海沢が拾いあげたソレには、おもちゃのダーツの吸盤がついていた。  産まれて初めての賭けに、昌は勝ったのだ。  施設の数少ない楽しみにダーツがあった。  それが勝利につながったのは奇跡だった。 「さようなら。深海沢さん」  もう、逢うこともないだろう。 「おまえ、変わったな」  隆が昌の面構えを見て言った。  折れた前歯は治療したらしい。  昌は許しを乞うて、隆から舞の入院先と面会時間を教えてもらった。  舞に、もう一度伝えねばならないことがあると。 「負けねえ。オレはおまえにだけは勝たなくちゃいけねえんだ!」  昌は拳をふるわせながら、隆の前に立ち尽くした。  決意表明。 「おまえのそれは、もう妄想じゃなくなったんだな、昌」  隆は昌の真剣な想いに応え、これまでのことを許そうと思った。 「やってみなよ。ボクだって負けない。あの地獄から舞を救えるもんなら、やってみるがいいさ」 「おお、やってやる……!」 「負けないからね!」 「くそが!」 「ボクはくそじゃないから!」 「なんぼのもんじゃあ!」 「吠えればいいってもんじゃないからね!」  昌はこれから舞に逢いに行く――余計なものは何も持たずに。 「舞さん……舞さん――!!!」  心ひとつだけで。  -END-
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