19人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
5
「もしかして川の近くにいる?」
「すごい、よくわかったね」
「水の音がしたからな。インドと言えばガンジス川だっけ」
「ううん、私がいるのはもっとやばい川。地獄みたいな」
「どんな川だよ」
電車を降りて駅を出た僕は再び沙耶に電話をかけた。
メッセージよりも電話のほうが手っ取り早くて好みだ。打ち込む必要がないから歩きながらでも問題ないし。
「ね、さっき言ってた話だけどさ」
「カレーは最高って話?」
「ちがうちがう。世界は広いねって話だよ」
電話口から沙耶の声と車のエンジン音のようなものが聞こえる。
いつもと変わらないはずの声なのに、なぜか背中がざわついた。
「私ね、色んな国の色んな人と出会って話をして、みんなそれぞれ色んなことを考えてて、本当に世界は広いなって思ったの。世界の広さって、どれだけ沢山のことを考えられるかってことなのかも」
「人は考える葦とも言うしな」
「そう。だから私たちは考えなきゃいけないんだと思う。じゃなきゃ、ただの葦だから」
言い知れない感覚が僕の背中を押す。不安や焦りに似た気持ちが襲いくる。
しかしそんなことには構わず、彼女の言葉は続いていく。
「……ねえ優くん」
そうか。
この声のトーンを、僕は聞いたことがある。
「大学生になってから四年間、毎日私を探してくれてたよね」
ありがとう、と礼を述べるその声は決して嬉しそうなものではなく。
今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、切ない響きを伴っていた。
「あのときの私の言葉は君の世界を狭めてるんじゃないかな」
――ずっと私を探しててよ。
僕は今でもその声を、表情を、鮮明に思い出せる。
それほどに、この四年間は彼女のことばかりを考え続けていた。
「だから私、かくれんぼをやめようと思う」
沙耶の声はどこか吹っ切れているように聞こえた。
本当はもっと早く言いたかったのかもしれない。
それでもどうしても口に出せなくて、彼女は四年も悩み続けていたのかもしれなかった。
「もう私を探さなくていいよ、優くん」
――そして。
それは、僕もずっと考えていたことだった。
最初のコメントを投稿しよう!