5

1/2
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

5

「もしかして川の近くにいる?」 「すごい、よくわかったね」 「水の音がしたからな。インドと言えばガンジス川だっけ」 「ううん、私がいるのはもっとやばい川。地獄みたいな」 「どんな川だよ」  電車を降りて駅を出た僕は再び沙耶に電話をかけた。  メッセージよりも電話のほうが手っ取り早くて好みだ。打ち込む必要がないから歩きながらでも問題ないし。 「ね、さっき言ってた話だけどさ」 「カレーは最高って話?」 「ちがうちがう。世界は広いねって話だよ」  電話口から沙耶の声と車のエンジン音のようなものが聞こえる。  いつもと変わらないはずの声なのに、なぜか背中がざわついた。 「私ね、色んな国の色んな人と出会って話をして、みんなそれぞれ色んなことを考えてて、本当に世界は広いなって思ったの。世界の広さって、どれだけ沢山のことを考えられるかってことなのかも」 「人は考える葦とも言うしな」 「そう。だから私たちは考えなきゃいけないんだと思う。じゃなきゃ、ただの葦だから」  言い知れない感覚が僕の背中を押す。不安や焦りに似た気持ちが襲いくる。  しかしそんなことには構わず、彼女の言葉は続いていく。 「……ねえ優くん」    そうか。  この声のトーンを、僕は聞いたことがある。 「大学生になってから四年間、毎日私を探してくれてたよね」  ありがとう、と礼を述べるその声は決して嬉しそうなものではなく。  今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、切ない響きを伴っていた。 「あのときの私の言葉は君の世界を狭めてるんじゃないかな」  ――ずっと私を探しててよ。  僕は今でもその声を、表情を、鮮明に思い出せる。  それほどに、この四年間は彼女のことばかりを考え続けていた。 「だから私、かくれんぼをやめようと思う」  沙耶の声はどこか吹っ切れているように聞こえた。  本当はもっと早く言いたかったのかもしれない。  それでもどうしても口に出せなくて、彼女は四年も悩み続けていたのかもしれなかった。 「もう私を探さなくていいよ、優くん」  ――そして。  それは、僕もずっと考えていたことだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!