おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!

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「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 目を覚ました瞬間に写り込んできたのは、ミトラを被った神官姿の男性だった。 いや、姿の、ではなく間違いなく神官である。 ドツカノ王国、シュタート村から旅立った勇者バルレはぼんやりした視界の中で意識を覚醒させようと努める。 まだ体が重いが、何とか上半身を動かして起き上がるとどうやら最初に感じた通りここは教会であろうことがわかった。 祭壇、御神像、その背後の高いステンドグラス。 そこから射し込む明るさから、まだ陽は高いのであろうと思われる。 そうか、俺は死んだのか。 起き上がった体が天鵞絨に囲まれていることから、自分がいるのは棺の中だ。 そう、魔王城最深部で、魔法使いのマホ、僧侶のソウ、拳闘士のケントと共に魔王に立ち向かい削って削られて……いよいよ最後の大技である奥義711番「グッドフィーリング」で味方の減少した生命力に応じて敵の生命力を吸収、それを味方全員に分け与えるという魂の根源を用いるスキルを使ったところで気を失ったのだ。 何が起きたのか、それはわからないが仲間たちに尋ねれば良いだろう。 自分がここにいるということは、誰かは生き残って連れてきてくれたということなのだから。 恐怖心はある。 こうして死んでしまったのも一度や二度ではない。 それでも自分は勇者だ。 人々の希望として…… 「ん?」 そこまで考えてバルレは気づく。 なんか神官の言葉おかしくなかった?と。 「あの」 「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 「はあ……ん?今なんて?」 「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 聞き間違えか、そう思って一度頭を振り、意識も視界もはっきりさせたところで立ち上がる。 そして再度の確認。 「もう一度良いですかね?」 「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 「……今、勇者って言いましたよね?」 「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 「……じ、ゆうしゃ?」 「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 「従者かよ?!」 じんわりと言葉が浸透し、理解の突端に辿り着くと、 「いやいや、俺は勇者なんですが?え、神官様、何か間違えて」 慌てて叫んだバルレの声を、教会の扉が蹴破られたような音が搔き消す。 慌ててそちらを見れば、 「いやほんとに蹴破ってるのかよ?!ダメだよそんな乱暴しちゃ!」 「じゅうしゃ!(かくごー)」 「従者ー!」 「じゅーしゃー!」 だが、そんなバルレの叫びも無視して駆け込んでくる小さな影。 それらは「従者」と言っているので、ああ、やっぱり自分のことではなく他に蘇生された従者とやらがいるんだろうときょろきょろ見渡すが他に棺桶はない。 どういうことだ、と混乱する間もなくバルレは三つの影に飛び込まれた。 「ごっふぅ!」 最初に飛び込んできた真ん中の赤い影が、バルレの肋骨を軋ませる。 痛い、マジで痛い。これ絶対ヒビ入った。 復活してすぐこれか、と息も絶え絶えになりながらも死に至るほどではなさそうなので何とか頭を回転させる。 だがとにかく現状を把握しなければ何も始まらない。 肋骨は後でソウに治癒してもらうとして、辛うじて受け止めた三つを涙目で見れば、どうにも随分と小さい。 三つの頭が彼の胸の下あたりでぐりぐりと押し当てられている。 「え、何、なになに?君たち誰?ていうか痛いんで押し当てないで」 何がなにやら理解できず、ぐずぐずと胸のあたりで泣いている三つの頭に困惑しつつ、それでも離れてはくれそうにないので胸の辺りが濡れて気持ち悪いなーと思いながら神官に目線を送る。 助けてくれませんかね、というバルレの視線はそっぽを向かれた神官に華麗にスルーされた。 「いや神官様?!何がどうなってるのか説明してくださいよ!」 「おお、ι゛ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」 「だからそれはもういいから!って、痛ってぇ……」 叫んだ拍子に胸が痛み、思わず蹲りそうになる。 そんなバルレに気づいた左の影がばっと離れて、 「じゅーしゃ、痛い?」 「あ、ぐ……あ、ああ、ちとキツイな、ごめんな、ちょっとだけ離れてくれないかな。あて、これ折れたか……」 脂汗をだらだら流しながら辛うじて笑顔を作る。 声の様子から幼い子供のようだったから、心配させないよう何とか答えるが、声の主を見る余裕まではない。 と、急に離れた感触があり次の瞬間、 「ん?んんん?」 唇に何やら柔らかいものが触れたと思ったら、ぬるりと口の中に入ってくる。 何だこれ何だこれ! と脳内では大混乱だが痛みと驚愕で体が動かない。 実際にはほんの少しの時間だっただろうが、錯乱する頭で暫くの時間が経ったかと思うと、急激に痛みが消えて行く。 「ぷはっ」 ちゅ、という水音と共に離れたのを見れば、 「え、え?いや、えええ?」 年端もいかない幼女の顔が目の前にあった。 「いや何?え、君今何したの?」 慌てて尋ねると、金髪碧眼に真っ白な肌、人形みたいな少女、いや幼女はぽっと頬を赤らめて小さな声で呟くように返す。 「ち、ちゅー」 「治癒?」 問い返せばこくりと頷く。 確かに体調は戻っているし、胸の痛みも消えている。 瞬時にここまで完全治癒するとは、ソウの治癒魔法よりも高度なものだろう。 だが、なぜ治癒するのにキスをしたのか。 しかも舌を入れる必要はあったのか。 「あ、その、ありがとう。でも君、なんでその……キスを」 「ち、ちゅーしないとちゆできないの」 「……ダジャレかよ?!」 思わず叫んだバルレに、幼女はびくりと体を震わせる。 その姿を見て瞬時に我に返った彼は慌てて笑顔を作ると幼女の金髪を撫でる。 「あ、そのごめんな。つい大声出しちゃって。うん、本当にありがとう」 「ん」 こくりと頷いたのは、どうやら許してくれたということらしい。 安心したバルレは次に胸元にしがみついたままの二つの影を見る。 「えーっと、君たちもちょっと離れてくれないかな」 「ごめんなさい、ごめんなさい従者ぁ……」 「ひっぐ、ひっく、じゅ、じゅうしゃごめんにゃしゃい……」 「あーはいはい、俺はちゃんと生きてるから、ほら。……従者じゃなくて勇者だけど」 その言葉にようやく離れた二人を見れば、やはり幼女であった。 「あのさ、まずは君たちのことを教えてくれないかな?それからこの状況について聞きたいんだ」 そうして何とか引き剥がして落ち着いた幼女たちから聞いたところによれば、 「君たちは勇者、賢者、聖女で魔王討伐の旅をしている、と。で、俺は君たちをサポートする従者だったけど、海辺の町で水遊びしてたら大きな魚が泳いできたのが見えて、びっくりした勇者エンデが俺を弾き飛ばし、賢者アルニが放った凍結魔法で俺が凍りつき、聖女ラフィが振り回したメイスが凍結した俺に当たって粉々に」 びっくりするほど貰い事故だった。 それも取り返しのつかないレベルだ。 なにこの幼女たち怖い。 戦慄するバルレが目の前に並ぶ幼女を眺める。 のんびりした話し方が特徴の聖女ラフィは先ほどちゅー、ではなく治癒魔法を使ってくれた金髪の美幼女。 三人の中ではしっかりした話し方をするが、賢者……幼女なのに賢者?と思わなくもないが、とにかく賢者であるアルニは長い黒髪を二本の三つ編みにして垂らした、こちらも美幼女だ。 そして元気な勇者エンデは、ふわふわの赤茶色の髪を耳の下あたりで揃えたこれまた美幼女。 何だこれ。 こんな幼女に世界の命運任せるのか。 と誰に文句を言えば良いのか、まだ全く世界の状況を把握できていないバルレは誰に向けようもない憤りを持て余すが、次は現状の把握だ。 ちなみに、神官はいつの間にか消えていた。 あいつ今度あったらぶっ飛ばす。 そうバルレは決意した。 「ほうほう。従者はいつも怒ってて怖かったから、今回も怒られると思って突撃してもう一度死んでしまえば少し時間が稼げると思った、と。でも生きてたから怖くて泣いてしまった。なるほどなるほど……」 幼女の話を聞きながらバルレは戦慄を抑えられなかった。 なにこの幼女勇者怖ぇ……。 「蘇生は何とか掻き集めた、粉々の従者のカケラを神殿に持ってきてやってもらった、と。で、完全復活ではなくちょっとは優しい従者になって欲しくて敢えて一個、カケラを他の時空に飛ばした、と。ふむふむ」 こわ。この幼女賢者こっわ。 なにそんな子供が駄々こねるみたいなレベルで異次元の扉開けちゃってるの?そんなん、魔王でもできるなんて聞いたことないんだけど。 「で、目覚めた俺が優しそうな声だったから、ちゃんとちゅ、治癒してくれたと。え?はじめてのちゅー?ちょ、そんな大事なもん俺に使っちゃダメでしょ……え?ふちゅちゅかもの、ああ不束者ね、って待って、そんな怖い覚悟決めないでお願いします」 この幼聖女まじやばい。 突き抜け方がパないんですけど。 え、これヤンデレの素質あるんじゃね? 戦々恐々のバルレだったが、何となく現状は理解できた。 ここはドツカノ王国でもなければ彼がいた世界ですらなく、完全に別の世界、異世界だ。 それも勇者であるバルレがあっさり肋骨折られるほど強力な世界である。 そう言えば魔法使いのマホがいつだったか、酒の席で酔っ払いつつ言ったことがあった。 自分の現し身が他の世界にもある、と。 それは完全に同じ存在でありながら魂だけが異なる。 自分の夢は、その魂の入れ替えを実現させることだ。 その時は酒席にいたパーティ全員で夢物語だと笑い飛ばしたが、どうやらこの状況を見るに事実であるようだ。 しかも目の前の三つ編み幼女が「怒られるの嫌」というだけで実現してしまうほどの。 「俺の紹介もしておこうか。俺はバルレ。たぶん、君たちの言う従者と同じ存在だけど別の世界の魂だった人間だ。その世界で俺は勇者で、魔王討伐の最終奥義を発動した直後だったから、おそらくその奥義と君……アルニの魔法が重なって入れ替わったみたいだね」 教会の床に四人で座り込み、まずは紹介からだ。 「ゆーしゃ?ゆーしゃはエンデだよ?」 「あ、うん、そうね。だから俺はこの世界では従者になるね」 「バルレ?バルレって名前?」 「うん、俺の名前はバルレだ」 「じゃあ、やっぱりじゅうしゃだね」 「うん?」 「あのね従者の世界ではわからないけど、ここでは『バルレ』って従者って意味なの」 「おおう……完全無欠、言い訳一切できないくらいに従者ってことか……」 と、勇者であったはずのバルレはがっくりと項垂れるが、もうこれはどうしようもない。 この世界には自分より遥かに強そうな幼女勇者エンデがいるのだから、自分が勇者として立つことはないだろう。 となると、気になるのは元の世界の方だが、 「あ、エンデ、アルニ、ラフィ。ちょっと聞きたいんだがいいかな?」 「うん」 「いーよ」 「なあに、じゅうしゃ」 「その、元々いた従者って、強かった?」 その言葉に三人が顔を見合わせる。 真っ先に答えたのは勇者エンデで、 「まあまあ?」 確認するように顔を向けられた賢者アルニは、 「わたしの半分くらい?」 最後に向けられた聖女ラフィが、 「ちゅー必要なしでどらごん倒せるていど?」 「うん、強いね。俺の世界じゃきっと最強だね」 それなら良い。 いや良くはないが、向こうの世界できっと魔王を倒してくれるだろう。 この世界の俺だった俺、あとは頼む。 俺は俺で従者としての役割を全う……せざるを得ないから頑張るわ。 そう心の中で呟くと、意を決したバルレは三人の頭をそれぞれ撫でた。 「よしわかった。じゃあこのまま俺がみんなの従者になるわ。いいかな?」 三人の幼女は、その言葉にぱっと顔を輝かせた。 こうして、勇者バルレ改め従者バルレは、マファミ王国から魔王討伐の旅……のお世話係として旅立った。 ※せぶんいれぶんいいきぶん ※続かない、と思います。
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