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五月2
世界が退屈ってことじゃない。退屈なのは世界をそんな風にしている皆の方だ。
昔から割と何でもできた。子どもの頃から、と言っても高校生になった今でも子どもであることに変わりはないけれど、割と何でもたいして努力しなくてもできた。
試験はいつもかなりいい点数を取っていたし、毎年必ず一度はクラス委員長に指名された。教師にほめられることも多かった。作文なんかで表彰されることも結構あった。
運動だってクラブには入っていなかったけれど、体育の授業でする競技は難なくこなせた。陸上や水泳なら平均タイム以上だったし、体操や鉄棒なら皆にできないことまでできた。対戦方式の球技なら必ずいつも得点を決めていた。運動神経はいい方だと思う。
でも天才なんかじゃない。もちろん神童でもない。どこにでもいるありふれた普通の子どもだった。少なくとも自分ではそう思っていた。
この時から既に私と世界はずれ始めていたのかもしれない。
小学生の頃は皆から羨望の眼差しで見られた。私は意図せずいつもクラスという小さな世界のヒロインだった。だからといって私が舞い上がることもなかったし、調子に乗ることもなかった。私はいつも普段どおりだ。
今思えばかわいげのない子どもだったように思う。もう少し子どもらしく喜ぶ仕草の一つや二つでも見せておけば良かったのかもしれない。意味などなくても減るものでもないのだから。いや、意味はあったのだ、たぶん。私はもう少しうまくやれたはずなのだ。
中学に上がると少し様子が変わってきた。クラスの皆は私を避け始めた。私は相変わらず普段どおりだったが、どうもこれがいけなかったらしい。
ある一定水準以上のことをやってのけたら、それなりに喜ばなければ、それはひどく不遜な態度として映るらしい。それは思春期の子どもたちにはすごく生意気な態度だと受け取られるらしい。
いじめ、ではない。
私は特に何か嫌がらせを受けていたわけではないのだから。そう、皆は私を避けていたが、私が皆に話しかけることもなかったのだから特に無視されたというわけではない。
だからそれはいじめではない。
いじめはいじめだと私が認めた時点でいじめになってしまうのだ。だから私はそれをいじめだなんて決して口にしない。私はいつだって普段どおりだ。
高校に上がっても私はクラス委員長に指名された。クラス内には同じ中学から進学してきた生徒も数人いた。彼らはやはり私を避けていた。
彼らがクラス内で何らかの工作をしたのかどうかは分からない。私は高校でも巧妙にクラスの皆から避けられていた。まるでそれが以前より校則で決められていることででもあるかのように。
だけど全員が全員それに倣っていたわけでもなかった。
「ひかる、一緒にお昼食べよ」
中学時代からの私の親友、隣のクラスの麻衣がランチの誘いにやって来た。
彼女だけは私がどんなに皆から避けられても変わらずに親友でいてくれた。高校生になってからも、こうして毎日違うクラスからわざわざ誘いに来てくれる。
麻衣はことさら私の境遇を憐れんで「私がどうにかするから」などとは決して言わない。だって私はいじめなど受けていないのだから。単に私が皆と話さないだけだ。
麻衣は私の境遇を改善しようと皆に「どうしてこんなことをするの?」なんて声を上げたりもしない。だって私はそんなこと別に望んでいないのだから。
ただ、麻衣はいつも私に報告してくるだけだ。
「ねえねえ、この前うちのクラスの西野がさあ、ひかるよりも絶対自分の方がピアノ上手く弾けるって言ってたよ。あの子のピアノなんて聴いたことないけど。てかさあ、あの子自分が皆に嫌われてること分かってんのかな」
麻衣はいつもこんな風に私の知らないところで私が悪く言われていることを事細かく報告してくれる。わざわざ食事中に嫌な気分になるようなことを教えてくれなくてもいいのに。でもこれが彼女の優しさなのだと思うことにしている。きっと悪気はないのだ。
「どう思う?」
「別に。相手にする必要ないでしょ」
「ひかるは大人だね」
もう何度このやり取りをしたことか。麻衣はいつも報告の後で必ず私にどう思うか感想を求めてくる。そんなことを訊かれても答えようがない。そもそも今回の話にしてもそうだ。私は麻衣のクラスの西野なんていう生徒のことは全く知らないのだ。
しかし麻衣もよく私への報告を切らさないな。それだけ私が皆に良く思われていないということだろうか。一体私が何をしたというのだろう。
「そういえば妹は元気? もうすぐ大会じゃなかったっけ?」
「だと思う。最近話してないから」
私には一つ違いの妹がいる。クラブ活動が忙しくて朝は私より早く出かけていくし、帰りは私よりも遅く帰ってくる。時間帯が合わないから同じ家で生活しているのに顔を合わせることがほとんどない。わざわざ話に行く理由もないから、結構な期間会えないままのこともよくある。
妹は無邪気で元気で、およそ私とは全然違うタイプの人間だ。私は昔から何度も妹のその天真爛漫な元気に救われてきた。私にとってはまばゆいばかりの光の中を大勢の人間からたくさんの祝福を受けながらゆっくりと進んでいく存在。誇れる妹だ。
でも正直、その無邪気さが時々妬ましくなる時がある。
私は確かに子どもの頃から何でも及第点以上のことができた。でもそれはそれだけのことでしかないのだ。
私には得意なものがない。
それは器用貧乏なんていう簡単な言葉では言い表せない。両親はそれなりの及第点を重ね続ける私よりも、たった一つの優れた資質を見せる妹に期待した。
それまで家族の中心だった私は脇役に降格し、主役の座は妹に取って代わられた。我が家は徐々に妹中心の生活に変わっていった。だが誰もがそう感じていながらその事実をはっきりと言葉にする者はいなかった。まるで禁忌ででもあるかのように。
私は脇役に降格して以降いろいろと我慢しなくてはいけない場面に出くわすことが増えた。そんなとき、ある魔法の言葉が私に力を与えた。
お姉ちゃんだから。
頻繁に両親から繰り出されたその魔法の言葉は、私を勇気づけ、いろんな場面で救いの言葉となった。心の中でそう口にすることでどんなことも我慢することができた。
そう、私はお姉ちゃんなのだ。お姉ちゃんだから妹の応援をしなくていけない。お姉ちゃんだから妹が良い結果を残せるように協力しなくてはいけない。お姉ちゃんだから自分のことは二の次にしなくてはいけない。お姉ちゃんだから……。
気が付くと、私を救っていたその魔法の言葉はいつしか呪いの言葉に姿を変えていた。
お姉ちゃんだから一体何だというのだろう。
一度疑問に思い始めると、もうその思いにブレーキを掛けることはできなかった。だが私には分かっていたのだ。主役の座を取り戻したいのなら実力で取り戻せばいい。それができないのなら、それを口にすることはただのわがままに過ぎないということを。
格好悪い。
そもそも私は主役の座を取り戻したいなんて思っているのだろうか。比較することにどれだけの意味があるというのだろう。それともそれは真実から目を背け、現実から逃げているということになってしまうのだろうか。
考えても仕方ないな。私はそれ以上余計なことを考えるのをやめた。
放課後、私はいつものように学童施設に寄った。
ピアノ教室の練習がないときは、いつも昔からお世話になっている学童施設に寄ることに決めている。中学生の時までは何の違和感もなかったが、さすがに高校生にもなって来ているのは私くらいのものだ。
ここにはアップライトピアノがある。だから教室のない日にもここに来ればピアノの練習ができるのだ。それだけじゃない。学校の図書室や市立図書館には置いていないようなマンガもたくさんある。それらを読みふけって現実逃避するのもいい。本の多くはかつての利用者や支援者からの寄贈によるものだ。私は藤子不二雄の「エスパー魔美」が特にお気に入りだった。三巻が抜けているのが残念だけど。
およそ街の学童施設には不釣り合いなオレンジ色に滲むアトリウムを抜けると、私はピアノやマンガが置いてある遊び部屋に入った。夕方の六時を過ぎているからか児童の姿は見えなかった。ちょうどいい。少しピアノを弾かせてもらおう。今度のコンクール課題曲の練習がしたかったのだ。ラフマニノフの練習曲。今の調子だと教室代表に選ばれるだろうと講師からはお墨付きをもらっている。
そして私は外のオレンジが濃い藍色に変わるまで旋律を奏でた。
「明かりくらい点けなさい。今度の課題曲?」
部屋に明かりが灯されると同時に背後から声が掛けられた。振り返ると入口の柱にもたれた格好でメミさんが立っていた。
メミさんはここホグワーツ学園の責任者だ。そうそう、言い忘れていたけれど、ここはホグワーツ学園という施設名なのだ。オーナーの趣味らしい。ちなみに私は十年近くここを利用させてもらっているけれど、いまだに魔法は使えない。
「そうです。もう閉めるんですか?」
「そうね。そんな時間かしら。でもあと少しだけならいいわよ」
メミさんはそう言ってくれたけれど、私は帰ることにした。そっと静かにピアノの蓋を閉じる。私がここに残ってピアノを弾く限りメミさんは帰れないのだ。そんなわがままを言ってはいけない。私はお姉ちゃんだから。いや、それは関係ないか。そもそもあと二、三回弾いたところで格段に上達するわけでもない。
机の上に置いていた高校指定のバッグを取って部屋を出ようとしたとき、本棚の一角に置いてあった何かが目に入った。DVDが並べられているあたりだ。
近づいてみると、そこには恐らく最近並べられたと思われる見たことのないパッケージのDVDが立てかけられていた。
私はこの施設を小学生の頃から利用させてもらっているから、ここにあるほとんどのDVDは視聴済みだ。もちろん名作もあるけれどマニアック過ぎてよく分からない作品もある。中には子どもに見せない方がいい作品もあるので、一応メミさんや他の指導員たちが並べる前に確認する。つまりここに並んでいるということは、そのあたりの問題はないということだ。私は手に取ってみた。
『白虹』
やはり知らないタイトルだった。何て読むんだろう。割と映画は観ている方だと思うけれど、まるで聞いたことのないタイトルだった。
「あ、こんなところにあったんだ」
メミさんはそう言って私の手からそのDVDを取り上げた。面食らっている私に「実はね」と説明を始める。
「オーナーの知り合いの知り合いが撮った映画がお蔵入りしたらしいんだけど、そのDVDをもらったみたいで学園に置いといてって言われたのよ。でもどんな内容かも分からないじゃない。だから一応観ておこうと思って出してたんだけど、どこに置いたのか分かんなくなってたのよね。見つかって良かったわ」
「オーナーは観たんですか、その映画」
「観たらしいけど『アーティスティック過ぎて私には何のことだかよく分からない』って言ってたわ。その言葉が本当かどうかはともかく」
モノトーンのパッケージには正面を向いたきれいな女の人が映っていた。知らない女優だった。何歳くらいの人だろうか。私と同じくらいに見えるけれど。
そもそもこのパッケージには文字情報がタイトルの「白虹」以外何も表示されていなかった。だから内容もキャストもスタッフも全く分からなかった。お蔵入りしたと言っていたからそこまで費用をかけなかったのだろうか。
それにしても白虹とは何だろう?
そんな虹があるんだろうか。私はその謎の映画に興味を引かれた。
「メミさんが観た後でいいんで私にも観せてもらえますか、その映画」
「興味湧いた?」
私は素直にうなずいた。お蔵入りしたのには何か理由があるのだろうけれど、つまりそれは劇場やレンタルでは観ることができないということだ。もちろんオーナーが言っていたように内容を理解できない可能性はある。でもそれは観てみないと何とも言えない。それに今メミさんに伝えておかないと、もしかしたらメミさんの判断でここの棚には並べられない可能性だってある。
私はもう一度DVDのパッケージを見せてもらった。
モノトーンの世界で私を見つめる美しい少女。
なぜだか私は一瞬その少女が何かを訴えているような、そんな錯覚を覚えた。
外はもうすっかり宵闇に包まれていた。
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