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「まだ二歳になっていなかったと思う。僕の母親は、突然家を出て行ったんだよ。こんな僕を育てる自信がなかったらしくてね」
公太は少し顔を上げた。
「だけど、父や祖父母がいてくれたから、それほど寂しくはなかったんだ……でもね、成長するにつれ、僕がこんなんじゃなかったら母は出て行かなかったんだろうなって自分を責めたり、逆に無責任だと母を恨めしく思った時期があったんだ……ずっと……ずっと……」
黙って話を聞いていた公太が、真っ直ぐに明生を見た。
「よく分からないけど、ひょっとして結婚して家庭を持つまで、そんな気持ちが片隅にあったのかもしれない……でもどうだろうか……今、僕はちゃんと母親の事を許せてるんだろうか? 実は分からないな……ホントのところ……」
晴美は、隣で明生の話しを聞いて、明生がそんな気持ちを持ち続けて生きて来た事を、始めて知った。
「でも、公太くん……幸せになって下さい。君の未来は明るい!」
静かだが力強い明生の言葉に、公太の表情は少し和らいだ。
「あっ、そうだ。お母さんに会えたら、これ渡してくれないかしら」
と晴美は本棚から『桜、咲く頃に会いましょう』を出し、公太に差し出した。
「恥ずかしいんだけど、私の書いたもので……読んでないって言ってたから……」
「そう……ですか……」
「でも、読んだら返しに来てねって伝えて」
晴美はいつか又、喜代子と会って話したかった。ちゃんと繋がっていられる様に、晴美は本を貸したんだろうと明生は思っていた。
大谷家からの帰り道、公太は駅に向かう道をゆっくりと歩いていた。すると前から麻友が歩いて来るのが見えた。
麻友は公太と話したくて、待ち伏せをしていたのだ。
二人は駅までの道を並んで歩いた。
「今までありがとう。友達になってくれて……」
そう公太が言うと、麻友は黙って首を横に振った。
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