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何か誤魔化す様にエリと話している。そう詩織には映ったんだと思うと、晴美は何だか恥ずかしいような、情けないような、そんな気持ちになった。
「……私が小説を書いていた頃の人と会ったりするのが……ちょっとね……」
「ずっとあの事を気にしているんだね」
「それだけじゃない……」
それはずっと何年も晴美の心の中にある重たくて冷たい塊。それは、書くことを捨てた自分……逃げた自分である。
「でも、書けるものならもう一回書いてみたいって思ってるでしょ」
「やだ、そんな事ないわよ。何も書きたい物なんてないもん」
「昔は、人が誰かを想う気持ちほど素敵なものはないから、いろいろな愛の物語を自分らしく、心を込めて書いていきたいって、話してくれたよね? その時の晴美さんの言葉を、僕はずーっと覚えてて、またそんな晴美さんのキラキラした声を聞きたいって思ってるんだけどなぁ……」
「やだっ、恥ずかしい! 若い頃はそんな事ばっかり語ってたのね……でも今は、書きたい事もないし、こうして家族仲良く暮らせるのが一番だから!」
なるべく明るい声で答えた晴美だが、明生はやっぱり晴美が無理をしている様に感じられた。三十年以上の付き合いだ。明生は晴美の事は何でも、とは言わないが、まぁまぁお見通しなのである。
次の日、エリがやって来た。
「大谷明生さん、本を出しませんか」
挨拶もそこそこに、いきなり本題に入った。本というのは勿論、占いの本である。盲人の占い師というのが珍しいせいか、昔もそんな話しが何度かあったが、明生は断ってきた。
明生はいつも鑑定をする時、生年月日と名前を尋ねる。四柱推命などを使って占ったりはするが、それ以上に相手の話を聞く。
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