恋愛小説家・月丘雨音

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 詩織にとって晴美は、過干渉で過保護で心配症な母親だ。前はそれほど気にならなかったが、最近ちょっとウザい。ウザいと思えば思うほど、晴美の最近汗っかきな所や、ここ1、2年で5キロ程太り、丸くなった顔すらもウザく感じてしまう。そう、そう感じ始めたのはあの日からだ。詩織には分かっていた。 「そんな事より、じゃじゃーん、あったよ、 100円で!」  と持っていた文庫本を、ニヤニヤして晴美に見せた。 『SとNの日記帳』は今から19年前、まだ女子大生だった晴美が書いた物だった。  どんな物語かというと……。  主人公は、恋も料理も日記を付けても三日坊主な、ちょっと中途半端な女子大生。  ある日、友達から大学院生・Nを紹介され、デートを重ねるようになる。彼女は知的で優しい彼にどんどん夢中になっていく。そしてNの好物がビーフシチューだと知ると、誕生日に作ってあげたくて『ぶいよん亭』という洋食屋の厨房でアルバイトを始める。そこで無口で不愛想な見習いシェフ・Sと出会う。最初は苦手だったが、一緒に仕事をしているうち、彼の真面目さや一生懸命さに惹かれるようになる。Sも彼女に好意を持ち始め、ある日、告白されるが「彼氏がいます」と言えず……。気が付いたら、Nと会うのを避け始め、アルバイトも休む様になる。そう、いつも彼女は優柔不断で何かに悩んだらすぐに逃げ出してしまう。それは臆病で自分の気持ちに自信が持てないからである。そのせいか、いつも彼女の恋はうまくいかない。今年こそ続けようと、年初めに購入した日記帳は一週間しか書けていなかった。  部屋の中でひとり、自分の気持ちはどちらに向いているのか考える。そして「S」と「N」とそれぞれ書いた表紙の、二冊の日記帳を用意し、毎日自分の気持ちを赤裸々に綴った。
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