恋愛小説家・月丘雨音

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初耳だった詩織は当然、家に戻ると晴美にどんな本を書いていたのか読みたいとせがむ。あやふやにし、誤魔化していたら詩織は家の中を物色し出した。なんて事はない、リビングの本棚に、広辞苑、動物図鑑、国語辞典などの陰に隠れて、ブックカバーで覆われた晴美の書いた単行本が三冊並んでいた。 夏休みの宿題で、読書感想文を書かなくてはいけない時に、課題図書を嫌々読むくらいしか本を読まない詩織が、晴美の作品『SとNの日記帳』『虹色らぶれたあ』『桜、咲く頃に会いましょう』は一気に読んだ。そして晴美が訊いてもいないのに感想を言った。それも超ストレートにだ。 「SとNの日記帳? 何でイニシャル? よく分かんないけど、何か恋愛シミュレーションゲームっぽいストーリーだったね」  確かに、ラストは主人公がSを選ぶのかNを選ぶのか書いていない。読者だったらどちらを選びますか? という問いかけみたいな感じでこの話は終わる。  晴美は「そっか……」と気にしない振りをしてキッチンで洗い物をしていた。 「虹色らぶれたあ? この主人公、何かイライラする」 まぁね、詩織の性格だったらそう感じたのかもしれない……晴美は黙って頷いた。 「桜、咲く頃に会いましょう? 別に桜が咲かなくても、会いたきゃ会えばいいじゃん」 晴美は「だよね」とだけ言った。 おまけに古本屋に行ったりすると、必ず晴美の作品を探し、あそこでは文庫本が30円だったとか50円だったとか訊いてもいないのにわざわざ報告する。当然、全ての古本屋にある筈がない、ない方が多いくらいだ。なのに、わざわざ店員に「月丘雨音さんの本はないですか?」などと尋ねるらしい。詩織はどこか面白がっているようだ。
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