腕時計の誓い

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「なんで・・・急に?」 そんな素振りは全然なかった。 いつもと変わらない毎日と、毎年同じ記念日のお祝い。 そんなこと、いつ考えてたんだ?しかもこの時計、いつ買ったの? 「付き合って6年。今年は君も25才だし、私も40だ。そろそろ将来を考えてもいいと思ってね」 確かに、オレの25はともかく彼は40だ。結婚するには遅いくらいだけど・・・。 「・・・オレでいいの?」 男で年もうんと下で、彼から見たらまだ子供に思えるだろう。 「君がいいんだよ。将来を考えた時、君のいない人生は考えられなかった。君は嫌かい?私と共に歩む人生は」 彼のいない人生・・・そんなのオレだって考えられない。 一緒に暮らすようになって、朝起きると当たり前に隣にいて、眠る時も彼の体温を感じる。家を出る時は『いってきます』といい、帰ってきたら『おかえりなさい』と出迎えてくれる。 それを失うなんて考えられない。 「オレも・・・オレもずっと一緒がいい」 オレがそう言うと彼はそれは嬉しそうに笑い、腕時計を箱から出すと、それをオレの左手首に嵌めた。ベルトのサイズはピッタリだった。 「指輪も考えたんだけどね、君はまだカミングアウトの覚悟がないだろう?私は君を悩ませたくないし苦しめたくもない。これならお揃いでつけていても誰も変に思わないだろうから」 オレは自分の性癖も同性の恋人がいることも、誰にも言っていなかった。家族にすらルームシェアをしているだけだと嘘をついている。 そんなオレを気遣って、将来の誓いの証を腕時計にしてくれた彼の気持ちが嬉しい。 オレは潤む涙をそのままに彼に抱きついた。 「ずっと一緒にいる」 そんなオレをさらに強く抱きしめてくれる。 「愛してるよ」 その囁きに、オレも応える。 「オレも・・・愛してる」 オレたちはダイニングに用意してあるお祝いのディナーをそのままに、もう一度愛し合った。 そして次の日、彼の心配を背中に受けながらオレは意地で出社した。 腰が死んでる・・・。 気を抜くと砕けそうになる腰を何とか叱咤して会社に着くと、今日は一日デスクワークに励んだ。 ま、書類が溜まってたからちょうどいいけど。 そう自分に言い訳をして仕事をする。そしてふと目に入る腕時計を見ては胸がキュンキュンする。いい年した男が何を気色悪い、と思うけど、本当に胸がキュンとするんだから仕方がない。 オレ、結婚したんだ。 厳密には公的な手続きをした訳でもないし、今までと何が変わる訳でもない。だけど、この時計を嵌めるだけで、心が幸せでいっぱいになる。 男同士だし、本当に結婚できる訳じゃないけど、それでも嬉しい。 そんな幸せいっぱいの中、オレはすっかりあいつことを忘れていたのに、なんで今こうなったのだろう・・・。 オレの中にひっそりと生き続けているあいつ。 あいつはオレの心の中だけにいるはずだったのに、今オレは強かに酔っ払ったあいつを支え、マンションのドアの前にいる。 「おい、鍵はどこだよっ」 ずり落ちそうになる奴を必死に抱え、オレはカバンを探る。そしてやっと見つけた鍵を使ってドアを開けると、オレは息も絶え絶えにそいつを玄関に投げた。 なぜこんな状況になったのか。 発端は偶然同じ会社にいた高校の後輩だった。 今年の新入社員で入ってきた彼は何かの拍子に同じ高校であることが分かったものの、在学中お互い全然知らない上に共通の知人もいなかったため、取り立てて仲良くなることも無かったのだが、ある時急に話しかけられたのだ。 『先輩、探されてますよ』 そう言って見せてくれたのは、高校の卒業生からなるグループチャット。そこで東京に行ったやつ宛にオレを知らないかという書き込みがあったのだ。 オレは高校を卒業後、大学進学のため上京した。同じ頃転勤になった両親も他県に引っ越したため、オレは友人たちの間で消息不明になっていたらしい。 故意に行方をくらました訳じゃないけど・・・いや、正直オレは上京を誰にも言わなかったし、スマホを買い換える時も新規で変えたのだ。そして誰にもその旨を通知しなかった。 地元は小さな田舎町だ。そこで恋愛対象が人と違うことを隠すのは、大変な事だった。 何か変わったことがあれば、それは瞬く間に噂となって町中に広がっていく。そんな中で自分の性癖が知られてしまったら・・・そう思うだけでオレは気が抜けない毎日を送っていた。
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