腕時計の誓い

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そんなオレの頬を、アイツは苛立ったように乱暴に掴んで上を向かせる。 「男の恋人がいるんだろ?」 鼻がつきそうなほど近くにあるあいつの顔が、苦悩に歪む。 「俺の前から姿を消して、男と付き合ってたんだ」 睨むように鋭い目が、あいつの怒りを表す。オレはなぜこいつが怒っているのか分からない。なぜオレはこいつに押さえ込まれているんだ? 「あの日普通に別れたのに、突然連絡が取れなくなった俺の気持ちが分かるか?その後家に行って誰もいないと分かった時の俺の衝撃。なんで俺の前からいなくなった?なぜその後も連絡を寄越さなかった?」 頬を掴む手に力が込められ、その痛さに顔が歪む。そして初めて、オレは怖いと思った。 「俺がどんなに必死でお前を探したか知ってるか?知る限りの友人に訊いて回って、高校の先生にも進学先を訊いた。だけど、友人は何も知らないし、先生は個人情報がどうのと言って教えてくれなかった。だけど諦めきれなくて、ずっと探して、やっと見つけたと思ったら、なんでこんなもの腕に嵌めてるんだよ」 こんなもの・・・それはオレの腕時計。これがどういう意味を持っているのか分かっているのか?だけど、なんでそれをこいつは怒っているんだ? オレは訳が分からないまま、離された手であいつの胸を押す。けれどそれはビクともしない上に、その行為はさらにあいつの怒りに触れてしまった。 あいつは頬から手を離し、再びオレの手を掴むとそれをベッドに押し付けた。そして徐にオレの首の根元を強かに噛む。 「いっ・・・た・・・っ」 初め何が起こったのか分からなかった。だけど、首を噛まれたことが分かると、さらにオレは恐怖に襲われる。 まさか・・・オレを・・・。 震え出す身体。 あいつはそんなオレの首を舐め始めた。 のしかかられ、押さえつけられて首を噛まれる。そしてそこに舌を這わされて、もしかしてが確信に変わる。 だけど、なんで?なんでオレはこいつに襲われてるんだ・・・? 身体が気持ち悪さに粟立つ。首筋を這う舌が気持ち悪い。恐怖の震えが嫌悪の震えに変わり、オレは身をよじってそれから逃れようとした。 「お前っ・・・女が好きなんだろ?なんで男のオレにこんなことするんだっ」 あいつがいつも付き合うのは女だった。見た目もいいあいつは彼女を切らしたことがなく、いつも誰かと付き合っていた。それをオレはいつもそばで・・・。 そうだ。 オレはあいつが彼女といるのを見る度に、言いようのない悲しみと寂しさを感じていた。そしてその度に、オレは自分の恋愛対象が男であると言うことが出来なかった。そして、自分の気持ちに気付かないふりをしたんだ。決して報われない恋だと分かっていたから。それに気づいてしまったらオレはもう、あいつのそばにいられないと思ったから。 好きだと気づいた上で、他の女のものになってるあいつのそばに平気な顔していることなんて出来なかった。だから気付かないふりをしたんだ。 なのに・・・。 「・・・好きだからだよ。お前が」 オレの首筋に顔を埋めたままそう答えるあいつに、オレの頭は一気に冷める。 「お前が・・・オレを?」 好き? その瞬間、オレの中で笑いが込み上げてきた。 何言ってんの?こいつ。 オレはおかしくて、身体を震わせて笑った。すると、急に抵抗をやめて笑いだしたオレに驚いたように、あいつは顔を上げてオレを見る。 「お前、オレが好きだっていつ分かったの?オレがいなくなってからだろ?」 その言葉にあいつはぴくりと眉を震わす。 高校時代、あいつがそういう意味でオレを好きだったことなんて一度もなかった。オレは自分の思いに気付かないふりをしていたけど、ずっとあいつを見ていたんだ。だから分かる。オレと一緒にいる間は、あいつがそんな気持ちになったことなど一度もない。 「オレがいなくなって、見つけられなくて、それからじゃないの?オレが好きだって思ったの」 失って初めて分かる、そのものの大きさ。 当たり前が当たり前じゃなくなった時、きっとあいつはオレの存在の大きさに気づいたんだ。 誰よりも近く、誰よりも自分を分かってくれて、そして誰よりも自分をさらけ出すことが出来る存在。 近くにいた時は分からなかったオレの存在を、失って初めて気づいたあいつは必死に探して、見つからなくて、焦って、オレのことを常に考えるようになったのだろう。そしてその時間が長くなるにつれて、オレを思う心が、いつしかオレへの恋心だと勘違いするようになったんだ。
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