腕時計の誓い

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いつまで経っても忘れられない人がいる。 それは忘れられないと言うか、思い出してしまう人。 なにかの行事、季節の変わり目、なにげない日常。 ふと、そう言えばあいつ・・・と思い出してしまうのだ。 そして今も、外回りから帰る途中の駅の改札で、楽しげにじゃれあってる高校生を見て思う。オレたちもいつも一緒に帰ってたっけ、て。 あいつと会ったのは高校2年のときだ。たまたま同じクラスになって、初めての席替えで席が前後したんだ。どっちから先に声をかけたかなんて忘れたけれど、オレたちはなぜが意気投合して親しくなった。そして、2年から3年へは持ち上がりのクラスだったため、オレたちはその2年間をほぼ毎日一緒に過ごしていた。 ただそれだけの関係。それだけと言っても、高校時代の一番の親友と言ったらあいつだと即答できるくらい仲が良かった。だけど、不思議と学校以外では会わなかった。 朝駅で待ち合わせて一緒に行って、ずっと一緒に過ごして一緒に帰って駅で別れる。スマホでやり取りしていても、放課後どこかに寄ることも、休日に一緒に出かけることもなかった。だけど家を出ると当然のようにあいつと会い、当然のように一緒だった。それが当たり前過ぎて、卒業式の時もいつものように別れた。まるで明日また会えるような感覚で。だけど、オレたちにはもう、明日はなかった。学校の中だけの関係は、卒業したら消えてしまった。そしてそれを寂しいと思う事もなかった。なぜだかオレは、学校以外であいつと会うことを考えもしなかったし、会いたいとも思わなかった。なのに、ふとした時に現れるあいつは、いつまでもオレの心の中にひっそりと生き続けている。 高校を卒業して6年。 それから全くあいつとは連絡を取ってないし、会ってもない。でもこうしてふと思い出してしまうと、その度に思う。 オレはあいつをどう思っていたのか・・・。 オレは気がついたら恋愛対象が男だった。だからと言って、あいつをそういう目で見ていたかというと、そうでは無い。 あいつと一緒にいると楽しかったけど、じゃあずっとそばにいたいとか、もっと触れたいとか、キスしたいとかエッチしたいとか、一切思ったことは無かった。 確かにそれまで付き合っていた恋人とは、あいつと会ってから別れたし、あいつとつるんでる間は一切誰とも付き合ってこなかった。だけど・・・。 そういう意味で好きだったわけじゃなかったと思う。 確かに何かの拍子に『あいつ、いないんだっけ』と思うことはあるけど、だからって『会いたい』と思ったことは無い。それに、あいつとつるまなくなるとオレはすぐに他の男と付き合い始めた。それはまるで、この2年誰とも付き合わなかった反動のように激しい付き合いだった。でも、その最中はもちろん、彼と一緒にいてもあいつの事は思い出さなかった。ふとした瞬間を除いて。 でも毎日思い出す訳じゃないんだよな・・・。 じゃれ合う高校生の横を通り過ぎながら思う。 そしてオレは会社ではなく、自宅に向かう電車に乗った。今日は直帰だ。記念日の今日は早く帰る約束をしている。 大学に進学してすぐに付き合った彼との関係は、激しいものから穏やかなものとなった。 そして2年前から一緒に暮らし始め、今日は付き合って6年の記念日だ。 「ただいま」 外回りからの直帰でも、オレの方が遅かった。そんなオレを玄関まで出迎えてくれた彼は、オレを抱きしめておかえりなさいのキスをしてくれる。 「おかえり」 「ただいま」 オレからもただいまのキスをして、二人でリビングに入った。そこには既にあらかた料理が並べられ、花とキャンドルが飾られている。 「ごめん、遅くなったね」 オレは慌てて洗面所に入って手を洗って出てくると、もうお祝いの用意は終わっていた。 「そんな慌てなくても大丈夫だよ。私の方が予定より早く帰ってこれたから」 確かに、予定ではオレの方が早く帰ってきて準備をし、彼の帰りを待つ予定だった。 「午後の講義が無くなったんだ」 そう言いながらオレの腰を抱く彼に、オレは唇を寄せる。 「無くしたんでしょ?」 その問いに笑って、彼はオレに唇を合わせる。それは先程のキスとは違う深いキス。 悪い先生・・・。
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