「今、どこに住んでいらっしゃいますか?」

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「今、どこに住んでいらっしゃいますか?」

 労務の繁忙期は年に二回訪れる。  一回目の繁忙期は七月の『労働保険料の更新』及び、『社会保険の算定基礎届提出』時期。  二回目は……。 「『扶養控除申告書』未提出者がまだあと28人……」  給与ソフトの年末調整画面を確認しながら、がっくりと肩を落とす。 「みのりさん、『基・配・所控除申告書』提出していない人はあと86人、うち43人は申請を却下して、再提出待ちになってる」  隣の席から愛さんが『基・配・所控除申告書』の提出状況を確認し、報告してくれる。 「『保険料控除申告書』提出していない人は120人かぁ……」 『保険料控除申告書』は生命保険を掛けていない人もいるので、未提出者の実際の人数はそれほど多くないことは承知済みだ。  年末調整の提出期限を一週間後に控え、労務は混沌としていた。  そう。  労務の繁忙期、二回目は十一月の『年末調整』だ。  『年末調整』は一年間の給与収入の『源泉所得税』を確定するために行うものである。  毎月のお給料の所得税の計算からは『社会保険料』を引いた上で計算されている。それと同じように『生命保険料』や『地震保険料』、『小規模共済金』、『住宅ローン』などを支払っていると所得税の計算から引くことが出来るため、年一回、再計算するのだ。要は払い過ぎた『所得税』が戻ってくるから、きちんと教えてね♪ というものなのだが、世の中、『お金』より『手間』を嫌う人もいるらしい。もしくは『年末調整』を行う理由を知らないのか……。 「ねぇ、みのりさん、斉木さんから問い合わせメールが届いているよ」  愛さんの言葉に視線を給与ソフトの年末調整画面からメールへと移す。  斉木さんから労務宛に届いたメールを開くと、今更な内容が飛び込んできた。 『お疲れ様です。  今年、8月に引っ越しをしたのですが、  年末調整画面を開くと違う住所になっています。  このまま申請して問題ないでしょうか』  思わず、頭を抱える。  もちろん、問題大アリだ。  正直、『住所変更』は引っ越ししたその月内にしていただかないと困る。 「これ、私が返信するね」  愛さんは慣れた手つきでキーボードを叩き、丁寧な説明を返した。 『斉木さん  お疲れ様です。  年末調整では  来年の1/1時点での住民票住所を入力することになっております。  扶養控除申告書の画面の現住所欄にて  今住んでいらっしゃる住所へ登録変更をお願い致します。  8月に引っ越ししたとのことですが、  イントラから【住所変更申請】はお済みでしょうか。  まだ申請されていないようでしたら、  早急にお手続きをお願い致します』  すると、斉木さんからすぐに返信が帰ってきた。 『実は8月に彼女と同棲を始めたのですが、  昨日、別れることになりまして。  年末までには引っ越しする予定なのですが、  今はまだ住む場所が決まっていません。  この場合はどのようにしたらよいでしょうか』 「愛さん、これ……」  愛さんもメールを見たのだろう。思わず、顔を見合わせ、肩をすくめる。 「そこまで詳しく教えてくれなくてもいいんだけどね」  労務メールに登録されている何人かは斉木さんの彼女事情を知ってしまったことになる。これには愛さんも私も苦笑いするしかない。 「とりあえず、今、どこに住んでいるのか教えて欲しいね」 「了解。もう一回、イントラからの申請を促しておくね」  愛さんは再び、斉木さんへの返信を打ち始めた。  私は給与への影響と手続きを考える。  8月から11月までの交通費の再計算に、社会保険の住所変更届。  それから給与支払報告書時に源泉徴収票を手書き修正して……。  たかが『住所変更』、されど『住所変更』。  たったひとつの報告が遅れると、遡って手続き処理をしなければならない。  それが『労務のお仕事』だ。 『斉木さん  お疲れ様です。    今、どちらに住んでいらっしゃいますか?』
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