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暗闇へ
ぐん、と縄を引っ張る。小柄な女は脚をもつれさせながらついて来る。近所のコンビニに出かけるような厚手のパーカーにジーンズ、スニーカー。長い髪は無造作に1つ結びにされ、歩く度右に左に揺れる。
目隠しと猿轡で顔は見えない。鼻だけの呼吸は少し苦しそうだ。両手を縛る縄の先は、僕が握っている。売られてゆく家畜のよう。
「んー!」とか「うう!」とか、何かを伝えようとしている。
「やめて!」それとも「なにすんのよ!」、どっちだろう。いずれにせよ僕は聞き流す。
楽しい行進のBGMだ。
普段は女性の手すら触れるのに躊躇する僕なのに、一度決意を固めてからは扱いがぞんざいになった。
犯罪に手を染めるとき人は皆こうなるのかもしれない。人を痛めつける、殺すという目的があって、襲う相手の体はその手段に成り下がる。焦れば扱いはますますぞんざいになる。
周りの目もふさわしい場所もなければ、僕は人をこんな風に扱うのか、というのは自分にとっても驚きだった。
廊下の角を曲がる。ぐいぐい、と縄を引っ張る。彼女は行きたくないようだが、抜き身のナイフで手をぺしぺしと叩くと体をこわばらせ、大人しくなった。僕は目的のドアの前に立ち止まる。
ギィィ。
開けた先には、下に通じる階段。地下室だ。
ひんやりした冷気が足元から上がってくる。戸惑う女の不安がこちらにも伝わってくる。
僕は彼女の目隠しを取った。
彼女の目が慣れるまでの間、僕はその顔をまじまじと見つめた。
女は個性的な顔立ちをしていた。色白の美人ではあるが、万人受けする顔ではない。こちらを睨む大きい目は少し離れている。鼻は低い。猿轡の下の唇はややぽってりしていて妙な色気がある。爬虫類顔とでも言うのだろうか。
「ん! んんー!」
僕を見て、女は一際大きなうめき声を上げる。
当然だろう。襲った犯人がこんななりなのだから。
僕は黒い仮面をつけていた。それもフェンシングで使うような、頭からすっぽり被るタイプ。鏡で見たら自分でも気味が悪かった。彼女の目にも不気味に映ってるといいなと、思う。
命乞いを躊躇うほどに。
僕は無言のまま、ナイフで脅しながら階段を降りるよう促す。コンクリートの室内に、古い木の椅子が二脚。奥の方に彼女を座らせ、さらに縄で括り付ける。
その間中、女は抵抗しようとしたが僕は力でねじ伏せた。そして彼女を残して階段を上がる。
――ごゆっくり。
心の中で呟き、僕はドアを閉めた。
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