1.新時代の英雄

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1.新時代の英雄

 人生なんてチョロい。  20年も生きていないが、町野英雄(まちのひでお)は本気でそう思っていた。    英雄はごく普通の家庭に育ったが、中学生の時にいわゆる不良になった。  同じクラスの不良とたまたま馬が合って、つるんでいるうちに影響を受けただけだった。  長男の変貌について親は最初こそ小言を言っていたが、学校や警察からの呼び出しが続くと次第に諦め何も言わなくなった。  その後は自分の名前が書ければ合格することで有名な高校に入り、他校の生徒とのケンカや仲間との不良行為に明け暮れた。  まともに教科書を開いた記憶などなかったのに普通に卒業できたことが、英雄が人生を甘く見るきっかけの一つなのは間違いなかった。  卒業後は、かわいがってくれた先輩が立ち上げたマルチ商法の会社に誘われて入社した。  ここでいきなりピラミッドの頂点に近い位置を用意される。    英雄の主な仕事は成績の悪い社員への恫喝と暴力。強面で身長190センチの武闘派なので18歳でも迫力があった。  こうして知識も実力もないのに面白いほど楽になかなかの大金を稼いでいた。  また、英雄は実家暮らしだった。理由は面倒臭いから。  家事は全て母親にやらせ、社会に出ているが家に金は一切入れていない。  親が未成年の子供の面倒見るのは当たり前だろ考えているが、成人したらどうするかは考えていない。  女にもモテた。ワルの色気を放ち金もあるため、いい女が勝手に寄ってくる。  とりあえず彼女と呼べる女は10人。  何不自由ない暮らし。  強いて言えば、よくスマホを壊してしまうことが悩みだった。  日常的に歩きスマホをしている為、人とぶつかって落としてしまうのだ。  その度に相手を脅して弁償させてきたが、年に何回もあるので面倒だと思ってきた。  しかしこれも先日、スマホの背面にくっつけて指を通すことで落下防止するスマホリングというアイテムを舎弟に買わせて解決した。  歩きスマホをやめるという選択肢はなかった。  というわけで恐いモノ無しの無敵人生。  真面目に働いて雀の涙ほどの給料もらって満足しているような奴らを見ると笑けてきた。何て要領が悪くてバカなのかと。自分の親さえも。  英雄は人生のチョロさに、まさに自分は新時代の『英雄』だなと、今日も笑いが止まらなかった。    その日も英雄はノルマを達成できていない年上の部下を小突き回す仕事を終えた。  帰り道、いつも通り歩きスマホをしながら家から最寄りのコンビニに入った。  酒を手に取りレジに向かうと、えらい行列になっている。原因は会計中の老女がもたついているからであった。 「おいババア!モタモタすんなよ。まともに買い物できねえなら一人で来んじゃねえ!」  英雄の罵声に店内に緊張が走った。  すると、英雄の後ろに並んでいた50代くらいの勇気ある男性客が苦言を呈した。 「君、そんな言い方はないだろ」  英雄はカッとなり、酒を床に落としてその客の喉元を片手で掴み商品棚に押し付けた。  棚の商品が崩れ落ち、女性客の悲鳴があがる。
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