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「あ、オレ。直也か、もうそろそろ駅に着くわ」
太田雅彦からのスマホ。何年ぶりだろう、大学を卒業してから彼に合うのは。
メールで送られてきた彼は相変わらず元気そうだ。昔より少しだけ髪が伸びて大人びているように感じる。いや実際大人なのだけども。
彼と会う機会がないだけで、彼の噂はよく聞くようになった。彼は本当に凄くなったと思う。ただ、あまり会いたくない気持ちもあったりする。自分の惨めさを改めて自覚してしまうからだろうか。(……なんだそれ)
私は結局変わっていないのだ。
「なあ、駅のどこにいる、見えないんだけど」
「あー、わり、トイレから出てすぐだから目の前にいるぜ?見えねえ?」
この声には聞き覚えがある。というかずっと会っていなかったが間違えるはずはない。ただ声だけが聞こえてくる。どうしたんだ。
頭がおかしくなったのか…… 思わずあたりを見回すと、人混みの中に紛れても頭一つ高い彼がそこにいるはずた。見間違うわけもないのだが。
「えっ、なお──直之こっち」
慌てて駆け寄り話しかけようとすると後方から、
「おっす!」
とヤツの声がする。
「悪い冗談はよせ、お前どこにいるんだ。生きているんだろ」
「もちろんだとも。ただ、本体はここにはいない。アバターの存在をスマホを通じて投影している」
「姿は」
「まだそちらは不完全だがホレ」
そうすると目の前に解像度の低い彼の全身像が現れた。
「リモート会議の進化したやつか」
「ちょっと違うかな。自分の分身を数式を用いて再構築して転送」
「と、そこまでにしとこ。電話をしている相手しか見えないから。周りからは独り言だから」
そう言われると周りからの視線がきつく感じ始める。
「そうかい?じゃあ俺のことは置いておいて喫茶店にでもいくか?」
昭和の感じが漂う一人で喫茶店に入りコーヒーを注文した。メニューを見るとチョコレートパフェ
か。んついでに注文しよう。
席に着くなり話を再開することにした。
そもそもどうやってここにきたんだとか。
しかしさすがの私にもわかっている事実もある。これは一種の賭けだ。
もし仮にそうだとしたら…… いやそれは考えまいと私は頭を左右に振り現実に戻った。
「もしもし」
スマホで語り始めると彼の存在が現れた。FPSの低いゲームのようでもある。
「で、お前今どこに居るんだ」
「母校の近くの駅だ」
「そうか」
ああ、あのキャンパスか、ヤツとあったのはあの大学だったな。
彼はさらに大学院に進んで僕がわからないような研究しているとまでは聞いている。
「まあともかくまずは乾杯といこう」
「なんのだよ。ってビール2本持ってくんなよ」
伝送の彼にはビールが握られていた。
「相変わらずスイーツ好きだな」
「いいだろ。それよりウチらの母校のでなにしている。職場なのか」
「詳しくは言えない秘密のことさ」
と言って彼は笑った。相変わらず無邪気な少年のように笑う男だ。
「ほれ、軽く写真とっといたよ。目の前にでるぞ」
彼が手で四角く囲ったところに画像が現れた。
しかし懐かしいな。この駅前からの風景などつい最近まで住んでいたアパートがある方角である。少し歩けばそこにあるはずだった家だ。
もう二度と帰ってこれないと思ったその場所になにやらピンクと青のまだら色のたてものがある。
いつの間にこんなけったいな建物できたんだ。
「なんだこの建物」
「んー、なんでも女の子二人が運営している店らしいけど、俺もよくわかんねーの。あ、いまも営業中みたいだから入ってみるかい」
「別にかまわんが……そんな暇あるのか?」
「仕事は適当に手を抜きつつ、そっちを優先しないとって思って。ここしばらく休みがなかったんでちょうどよかったんだぜ、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「おい、どうした」
目の前の彼の画像と音声が乱れ始めた。
まるでパソコン処理された画像を見ているようだ。
と、またも新しい画像が現れる。
そこはどこかの部屋、だろうか。テーブルを挟んで椅子が二つあり、奥側には背丈の高い男が座っていた。
こちら側に背を向けたまま男は振り返ることもしない。
「「おい、どうした」
目の前の彼の画像と音声が乱れ始めた。
まるでパソコン処理された画像を見ているようだ。
と、またも新しい画像が現れる。
そこはどこかの部屋、だろうか。テーブルを挟んで椅子が二つあり、奥側には背丈の高い男が座っていた。
こちら側に背を向けたまま男は振り返ることもしない。
「あー、アイツちょっとトイレに行ってくるぜ、心配するなって」
(なんだこいつは)
画像はそこで途切れた。音声だけに、スマホからの音声だけになった。
「今の何?」
「さて、そっちに戻るか。まあ、アレだよ。俺は神になったぜ!」
「なに言っているんだお前今どこに居る」
「今頃気づいたのかい。あんたがこない間に色々変わってしまったんだぜ」
「なにが」
「だから」
声のトーンが落ちていく。
「……とにかく待ってくれ。今戻るから」
スマホからの音が小さくなっていく。
通話が切れた。
しばらくして、雅彦が戻ってきた。彼は笑顔はなく真一文字に引き締まった表情をして僕を見つめた。さっき画面が途切れて見えなかった彼の頭にはアンテナのような突起が2本出ていた。
思わず身構える。
「雅彦…どうした」
「ようやく研究の成果が出たよ。事象の地平原を超える」
「なに言っているんだ、ブラックホールなんて超えられることなんかできないはずじゃ」
「いや、数式で分解したデータを飛ばす。正式には生身ではないが」
そして彼は続けるように言った。
「我々は、1光年先からテクノロジーをテニ入れたのだ」
「どうやって」
そのあと彼の口から語られたことはまさにSFの世界であった。
ブラックホールをくぐった先で、世界の法則を改変したことによるバタフライ効果。
まさしくそれが起こったことで新たな進化を遂げたというのだ。
まさしくそれが起こったことで新たな進化を遂げたというのだ。
だがそれは人間の寿命が尽きるほどの時間をかけなければ成し遂げることができない。
それはつまり、人間が滅びた後の話だろう。
しかし、それは彼にとって大義名分となったのであろう。
もはや人間を必要としない世界を作り上げるためにはどうしても必要だったということだ。
「俺たちはこの惑星を飛び出し、他の星に行くことになる。そのための研究だ」
「じゃあなぜ今ここに」
「すまん、出発しなければならない」
「お、お前どこに」
「簡単に説明できないナイショのところ」
「いつ帰る」
「まあ研究の成果が出るまでだな。そろそろ終わるよ」
すると彼はこちらを振り返り、いつもの人懐っこそうな目に戻り口を開いた。
それは彼なりのユーモアだったのか、笑いながら消えた。
最後に見た彼にははいつもと変わらない笑顔があった。
それからはあっと言う間のことだった。
あれほど賑わっていた喫茶店が閉店し人が誰もいなくなった。
なあ雅彦どこにいる。たまにスマホで話さないか。
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