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第10話 ひとつの手がかり
~2021年8月28日~
ぼーっとした頭で千紘は目覚めた。
昨夜はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
染田との出来事が頭から離れず、考えても考えてもどうしたらいいのかわからなかった。
(染田くんは、いったい誰なんだろう……)
染田と千紘をつなぐものは、あの思い出の石しかない。
染田もあの石を触り、突然ループが始まったと言っていた。
そもそも染田は何故あの石を触ったのだろうか。
あの石は、マサくんと千紘の思い出の石だ。
それ以外の人は石の存在すら気がついていないだろう。
「マサくんに関係しているのかも知れない……」
千紘は思い立ち、母のいるリビングに降りた。
「お母さん……ちょっと教えて欲しいんだけど……」
テレビを見ていた母は、不思議そうに千紘を見ている。
「おはよう。どうしたの?」
「昔、隣に住んでたマサくんっていたでしょ? 今、どこに住んでるか知ってる?」
千紘の突然の質問に母は目を丸くしていた。
「マサくん……懐かしいわねぇ。えぇっと。どこだったかなぁ……引っ越して数年は年賀状のやり取りもしていたんだけど」
そう言いながら、昔の年賀状をあさりだした。
「うーん……残してないかなぁ。えぇっと……染田さん。染田……」
そう言いながら年賀状を探す母の声に千紘ははっとする。
「ちょっと待って! マサくんの苗字って染田なの?!」
千紘の驚きの声に母は笑いながら言う。
「やだ。千紘知らなかったの? 染田くんよ。あれ?? 染田まさ……何とかくんだったな……」
「もしかしてマサくんって弟とかいる?!」
「あの時点では一人っ子だったわよ。千紘と同じ。だから二人はいつも兄妹みたいに仲良しだったわよね」
年賀状はないなぁ、という母の声を聞きながら千紘は一人部屋に戻っていた。
「ひとつ、つながった!」千紘はつぶやいた。
染田くんはマサくんにきっと関係している。
他に何か手掛かりはないものだろうか…。
◆
~2021年8月30日~
「野村さん。今日は先にランチ行ってきていいわよ」
鈴木さんの声に、千紘は「はい。じゃあお先に行ってきます」と答える。
総務部は人数が少ないため、大抵一人ずつ時間をずらして休憩に行っていた。
みんなで一緒にわいわい食べる食事も楽しかったが、一人でゆっくりできるこの時間も、千紘は結構気に入っていた。
千紘は窓際に面した席に座り、ふと周りを見回す。
数人の女性が集まっているグループがあった。中には明美がいる。
「あ……派遣組の人達だ。ついこの前まで、私もあの中にいたんだよね」と不思議な気持ちになる。
今の未来では明美達は千紘の存在すら知らないのだろう。
ほんの少し選択が変わっただけで、未来はこんなにも違ってくる。
自分たちは今までどれだけの選択をして生きてきたのだろう。
ふとそんな事を思っていた。
そして「いけない。いけない。調べなきゃ」と慌ててスマホに目を落とす。
染田の着ていた高校の制服、あの制服がどこの高校のものか調べていたのだ。
「制服って意外と似ててわからないな……」
はぁとため息をつきながら目を上げ、ぼんやりと窓の外に目をやる。
「ため息ついちゃって、どうしたの?」
急に頭の後ろから声が聞こえ、千紘はびくっとして振り返った。
「一緒にいい?」
そう言いながら定食ののったトレイを置き、隣に座ったのは海斗だった。
海斗は笑顔で「こんにちは。この前はありがとうね」と言った。
千紘は真っ赤になりながら「はい……」と答えた。
ふと、横目で海斗を見る。
柔らかい栗色の髪の毛、茶色がかった瞳。背は高く、引き締まった身体つきをしている。
学生時代は何かスポーツでもしてたのかな、そんな事を感じさせる爽やかさだった。
「これじゃ、女子社員がほっとかないよね」千紘はそんな事を考えていた。
それにしても、いつも遠くから眺めていた海斗との距離が、ここ最近近づいている。
千紘はドキドキがおさまらなかった。
「何を必死に調べてるの?」と海斗に質問され、千紘ははっと現実に引き戻された。
「あの、ちょっと知り合った子がどこの高校なのか知りたくて……。制服の画像を見てたんですけど、みんな似通ってて、わからないんですよね」あははと笑いながら千紘は答えた。
「ふーん。高校の制服かぁ。どんな制服?」と海斗が聞く。
「えっと……。深緑色のブレザーで、胸にエンブレムがあって、チャコールグレーのズボンで……ネクタイがちょっと特徴的で緑の……」そこまで千紘が言ったところで、海斗が人差し指を立てながら声を出した。
「チェック柄!」
「えぇ?! 何でわかるんですか?!」千紘は思わず叫ぶ。
「だってそれ! 俺が行ってた高校の制服だもん」笑いながら言う海斗の顔を、千紘はしばらく見つめていた。
「懐かしいな……。あいつも同じ高校だったんだよね。今頃どうしてるのかな……」ぽろっとつぶやく海斗の声に、千紘は「え?」と聞き返していた。
海斗は慌てて「いや、ごめん。ここの高校だよ」と千紘のスマホに高校名を入れてくれた。
その時、後ろから「ちょっと海斗! 何してるの?」と女性の声が聞こえた。
振り返ると立っていたのは亜理紗だった。
「午後イチでミーティングでしょ! もう、行こうよ!」亜理紗はそう言いながら海斗の腕を引っ張った。
「あぁ。ごめん。じゃあまたね。野村さん」
海斗は笑顔でそう言うと、亜理紗と共に社食を後にした。
千紘はその後ろ姿を見ながら、心がぎゅっとするのを感じる。
そしてスマホを見ながら「佐々木さんの通ってた高校だったんだ……」と海斗が入力した高校名を見つめていた。
そして「……あいつって誰だろう……?」と思っていた。
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