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第3話 神様の宿る石
~2021年8月28日~
今日は休日、千紘はいつもよりも早起きをした。スマホの画面には「2021年8月28日 7:30」と表示されている。千紘はあの石の事が気になって仕方がなかったのだ。
急いで着替えをして、家の門の外に出ていた。
そして自宅と隣の家の間を見に行く。
「あった」
その石は昔と全く同じ様子で、そこに佇んでいた。
石といっても丸い石ではない。
縦横15㎝ほどの四角い石柱のようなものだ。高さは50㎝ほどだろうか。
もしかしたら昔の道路標識なのかも知れないが、今は文字も消えているのか何も記載されておらず、きっと誰も目にもとめないし、気にもしないものだった。
それでも幼い時の千紘とマサくんには特別な石だった。
二人はこの石には「神様が宿っている」と思っていた。
いつもいつもこの石の前で遊んで、この石に話しかけた。
そしてそれは、二人だけの秘密だった。
「私もしばらく、この石の存在を忘れてたな……」と思う。
それにしても、なぜあの高校生はこの石を見つめて立っていたのか。
千紘は何気なく手を伸ばし、その石に触れてみた。
その瞬間、千紘の周りで大きな風が吹く。
昨日のそれとは桁が違うほどの大きな突風。
「きゃ……」と、声にならない叫び声をあげ、千紘は目をぎゅっとつぶった。
◆
「千紘ちゃんどうしたの?」と声をかけられて、千紘ははっと目を開ける。
(ここは、どこ?!)
目をきょろきょろさせながら、見覚えのある通路に佇んでいることを瞬時に理解した。
(ここは……会社だ……)
「先に行ってるわよ!」という明美の言葉を聞き、「は、はい……」と、とっさに声を出す。
「これは……夢……?」
千紘はさっきまで家の隣の石の前にいたはずだった。急に大きな風に吹かれて、もしかして自分は気を失って夢でも見ているのだろうか……。
ふと千紘は、廊下に何か落ちているのを見つけた。
(誰かの名刺入れ?)と千紘が中をそっと開くと、そこには海斗の名前の名刺がぎっしりと入っていた。
そして千紘は、はっとする。
「覚えている……これは一昨日の出来事だ……」
千紘ははっきりと思い出していた。自分はこの名刺入れを海斗本人に渡す勇気がなく、机の上に置いて去ったのだ。そしてその事を、ものすごく後悔したのだ、と。
「これが夢なんだったら、少しくらい大胆に行動してもいいよね……」
千紘は自分にそう言い聞かせ、しばらく通路で待っていた。
あの日海斗は、千紘がランチから戻った後にフロアに戻って来た。ここで待っていれば会えるはず……。
それからしばらくして、海斗が他の社員と一緒に歩いてくるのが見えた。
千紘は勇気を出す。
「あ、あ、あの……」自分でも声が上ずっているのがわかる。
数人の社員が一斉に千紘を見る。
(ひえ~。見ないで……)と心の中で叫びながら、千紘は震える手で海斗に向かって名刺入れを見せる。
すると「あっっ!!」と海斗の明るい声が聞こえた。
「ありがとう! 拾ってくれたんだ!すごく探してたんだ~」そう言いながら海斗は名刺入れを受け取った。
千紘は「お、落ちてたので……」と小さく言った。
「本当にサンキューね。野村さん」海斗はそう言うと、他の社員と一緒にフロアに戻って行った。
千紘は、はっと顔を上げ目を丸くした。
「私の名前……知ってるんだ……」
千紘の心の中がぽっと温かくなった気がした。
その瞬間、千紘の周りで大きな風が吹く。
さっきと同じ突風だ。千紘はまた目を開けていることができずに、身体をぎゅっと縮めて風に吹かれていた。
◆
(あれ? 私は寝ているんだろうか? 身体が、ものすごく重い……)
目覚まし時計のうるさい音。そして瞼の裏に朝日の強い光を感じ、千紘はぱっと飛び起きた。
「あれ? やっぱり夢? でも何で?」
始めはあの石を見に行ったはず。そして急に会社の場面になり、今は自分のベッドで寝ていた。
全部が夢だったんだろうか?
千紘はふと自分のスマホの画面を見て、「え??」と固まる。
スマホに表示されている時間は「2021年8月27日 6:30」
「どういう事?! 今日は休日8月28日じゃなかったっけ? 昨日の出来事から夢だったって事?」
千紘は混乱した頭を抱えながら、もう一度スマホと日付が表示されている時計を確認する。
「やっぱり、8月27日……」
千紘ははっとして、会社に行かなければ、と準備を始めた。
慌てて着替えをすませ、キッチンに降りる。
「おはよう。ご飯食べていくでしょ?」と母の声がした。
千紘は「あのさ。今日って何日?」と母に聞いた。
母は「え?! 8月27日に決まってるでしょ! 金曜日だからって気を抜かないのよ~」と笑いながら答えた。
千紘は母に愛想笑いを返しつつ、リビングについているテレビ画面を見た。
やっぱり8月27日と書いてある。
「27日と28日の出来事は全部、夢だったってこと……? でもずいぶんとリアルだったな……」
ぼんやりした頭でそう思いながら、千紘は朝ご飯を食べていた。
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