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第4話 不思議な高校生との出会い
~2021年8月27日~
千紘は急いで出勤の準備をし、家を出た。門を開けて、そっとあの石のある場所を確認する。
「今日は誰もいない……」
千紘はなんだか恐怖心に襲われて、石の前を速足で通り過ぎた。
◆
会社に着き入り口で社員証をリーダーにあてる。ピッという音と共に、後ろから「おはよう」と誰かに声をかけられた。
千紘は不思議に思って振り返り、どきっとする。
声をかけてきたのは、海斗だった。
「あ……お、おはようございます」千紘はどもりつつ挨拶する。
海斗は千紘に、にこっと笑顔を見せると、エレベーターに向かって歩いて行った。
「どうしちゃったの?!?!」と、その様子を見ていた明美に肩を揺すられる。
「いえ……昨日、名刺入れを拾って渡したから……ですかね……??」と千紘は小さく答えた。
千紘は自分の椅子に座り、立ち上がるパソコンを眺めながら動揺していた。
(なに?! なに?! 一体何が起こっているの……?!)
海斗に声をかけられた事もそうだが、それ以前に名刺入れを渡したあの行動が「夢ではない」という事。
(どういう事?! 名刺入れを渡さなかった日の出来事は、夢???)
自分の身に何が起こっているのがさっぱり訳が分からない。
千紘は一日中、ふわふわした不思議な感覚で仕事を進めた。
◆
千紘は今日も仕事を定時で上がり、夏のまだ明るさが残る夕方を自宅に向かって歩いていた。
家のすぐ側の角を曲がると、誰かが立っているのが見えた。
「高校生かな? どこの制服だろう?」
そしてはっとする。同じだ……
夢か現実かわからない。それでもこの状況は確かに前に経験している。
(この後、家の門を開けたところで風が吹き、あの高校生が消えるんだ……)
千紘は自宅と隣の家の間に立っている彼を横目でそっと見て、そのまま家の門を開けようとして、伸ばした手を止める。
そしてもう一度、高校生を見た。そしてびくっと身体が固まる。
高校生は千紘を見つめていたのだ。
目が合ってしまい千紘はどうして良いかわからずに立ち尽くしていた。
その高校生は背が高いが華奢な印象だった。風に揺れる黒髪と黒目がちな瞳。肌は透き通るように白い。
千紘を見つめるその様子には、男子には似合わない儚さを感じさせた。
それでもなぜだろう。どこか懐かしい気持ちを思い出させる。
高校生はふっと表情を緩め、千紘に近づいてきた。
そして声を出す。
「あなたも、ループに入ったんですね」
と。
◆
「ループ? それって……どういう意味……?」千紘は聞いた。
高校生はうっすらと笑みを浮かべていた。
「一度経験したことを、もう一度経験するってことですよ。簡単に言うと……」
高校生は千紘に顔を近づけて言った。
「過去に戻る」
「えっっ……??」千紘は思わずのけ反った。
そしてここ何日かの出来事を思い出していた。
過去に戻る……そんな事はあるはずがない。あるはずはないのに、過去に戻っていたと考えると説明がつく。千紘は、海斗の名刺入れを2度拾った。そしてスマホの画面に写った日付は、予定していた日付より1日早かった。
「なんで? なんで、そんな事が起こるの?!」千紘はつい大きな声を出し、高校生に詰め寄った。
落ち着いて、と高校生は言いながら両手を軽く広げた。
「僕にもわからないんです。僕だって、急に巻き込まれたから。でも、何度かループしてみてはっきりした事は、戻る過去には条件があるという事」
「条件?!」と千紘が聞く。
「『自分が過去に後悔した日』この日に戻る。そこで必ず選択を迫られるんですよ。その時どう選択したかが、未来に影響する。そして戻って来る未来は必ず、今日『2021年8月27日』って事」
千紘は頭が混乱していた。
確かに、過去をやり直したい、もう一度選びなおしたい、とは思っていた。でも、そのせいでこんな訳の分からない状況に巻き込まれたのだろうか。
下を向いて考えている千紘に向かって高校生が言った。
「それともう一つ。戻る過去は、だんだんと時間をさかのぼっていくんです。だから、たぶん……」
高校生は千紘の目を見た。
「たぶん、自分の人生で一番最初の後悔にたどり着いた時、何かが見えるのかも知れないですね」
「人生で一番最初の後悔……」千紘はつぶやいた。
そしてはっとする。
「……という事は、最近の過去に戻って変わった未来も、またどんどん過去にさかのぼることで、全く違う未来になってしまうって事?!」
高校生は笑顔で頷く。「たぶん。そうです」
「そんな! じゃあ、何のためにその都度過去に戻って選択するの?! 意味ない選択になるかも知れないんでしょ?!」語気を強くした千紘に対して、穏やかな声で高校生が言った。
「それでも選択するんですよ。あなたの人生だから。その選択する過程に意味がある。僕はそう思っています」
高校生は千紘から離れて、あの石の前に歩いて行った。
「この石が、過去に戻るスイッチです。触れたらそこからループが始まった。そしてそのループからの抜け出し方は……誰もわからない」
千紘は「ねえ。あなたの名前は?」と聞いた。
「染田……です」高校生はそう言うと、千紘の顔をじっと見ていた。
千紘が「染田くんね。ねえ、あなたの戻っている過去って……」と話し出した瞬間、また大きな突風が吹いた。
「きゃ……」と千紘は目をつぶり、次に目を開けた時には、もう染田の姿は消えていた。
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