第6話 変わった未来

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第6話 変わった未来

~2021年8月27日~  千紘は、はっと気がつく。自分は立っている。どこに?! 慌てて自分の姿を確認すると、仕事に行く服装で鞄を肩からかけているようで、出勤途中という事がわかった。 急いでスマホを取り出し日付を確認する。 「2021年8月27日 8:45」 (未来に戻って来た……でも、前回とは違う状況……)  会社に着き入り口で社員証をリーダーにあてる。ピッという音と共に、後ろから「おはよう」と誰かに声をかけられた。 千紘は不思議に思って振り返り、どきっとする。 声をかけてきたのは、海斗だった。 (前回と同じだ……) そう思いつつ、千紘は「あれ?」と首をかしげる。 海斗の名刺入れを拾ったのは前回のループの時の話だ。今回はそれ以前に戻っている。それでも名刺入れを拾った過去は変わっていないのだろうか? 「あ……お、おはようございます」千紘はどもりつつ挨拶する。 海斗は千紘に、にこっと笑顔を見せると、エレベーターに向かって歩きだそうとしていた。 千紘は慌てて海斗に声をかける。 「あの。佐々木さん……。名刺入れって……」と曖昧に話しかけてみた。 海斗は笑顔で「昨日、野村さんが拾ってくれたから、大切に鞄にしまってるよ! ありがとね」と答えた。 「い、いえ。良かったです。」千紘は下を向いて言った。 海斗はエレベーターに向かって歩いて行った。 「どうしちゃったの?!?!」と、その様子を見ていた明美に肩を揺すられる。 千紘は、あははと愛想笑いを返した。 ◆ 「おはようございます」とフロアに入り、自分のパソコンを立ち上げる。 と、後ろから「おはよう。野村くん」と言う声が聞こえ、千紘は驚いて振り返る。 立っていたのは、あの部長だった。 「今日もお茶をお願いできるかな。野村くんが入れてくれたお茶は美味しくてね」 部長はそう言うと、穏やかに笑いながら席に戻って行った。 「は?!」思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出た。 そして慌てて「は~い……」と返事をする。 千紘はこちらが狐にでもつままれたような気分になりながら給湯室に行った。 「なに?! なにが起こったの?!?!」  千紘は訳がわからなかった。 たった一つの間違いの指摘だけで、人ってあんなにも変わるものだろうか。 「いやいや。人格まで変わってるけど……」 千紘は一人で笑いをこらえるのに必死だった。 「何か楽しいことでもあったの?」突然話しかけられて、千紘はびくっとする。 振り返ると立っていたのは海斗だった。  千紘はおかしな姿を見られた、と「あっっ……いや、これは……あはは……」と顔を真っ赤にしてパニックになる。 「野村さんって面白いね」と海斗は笑っていた。  しばらくして海斗が言った。 「それにしても、野村さんすごいよ! あの部長をあそこまで変えちゃうんだもん」 千紘は「え?!」と驚いた。 「部長って横暴だったでしょ? 誰も何も意見できなかった。たとえ部長が間違えてたとしてもね。おかしな話だよね。仕事なのにね」 千紘は黙って聞いていた。 「野村さんが初めてなんだよ。部長に指摘したの。それもあの人のプライド傷つけないように言ったから、うまくいった。驚いたよ!」  千紘は驚いていた。 「私はそんな影響力ないと思うんですけど……。部長がご自身で変わられたんじゃないですか……?」 海斗は「ほんと謙虚だね」と言って笑った。  そして「本当はずっと話しかけたかったんだ。昨日、名刺入れを拾ってもらって、やっとチャンスが来たって思ってたんだよ!」と笑顔で言う。 千紘は(どういう意味?!)と、顔を真っ赤にして「えぇ?!」と聞き返した。  そんな千紘の動揺を横目に、海斗は涼しげに話を続ける。 「野村さんは社員になる気はないの? いつも仕事ぶり見てて、もったいなって思ってたんだよね。派遣でも紹介予定派遣とかあるじゃない? その気があるなら、相談してみたら?」 海斗は「おっと時間だ」と時計に目をやり、じゃあねと片手をあげて出て行った。  千紘は(変な期待しちゃた……恥ずかしい……)と一人照れつつ、「ここで社員になるとか、考えた事なかったな……」と思っていた。 ◆  定時になり千紘は帰る準備をしていた。 部長に「お先に失礼します」と声をかけると、「お疲れ」と返事が返って来た。 (初めて返事された……) 千紘は不思議な気持ちのままフロアを出てエレベーターに向かった。  千紘は考えていた。 数日前「ループに入った」千紘。それから二度、過去に戻って過去に後悔した行動をやり直すことができた。それによって今は状況がガラッと変わり、とても働きやすい環境になりつつある。 「でも……これって何のためにしてるの???」 この小さな後悔を何度もやり直した先に、何か大きな出来事が待っているのだろうか? 「自分の人生で一番最初の後悔にたどり着いた時、何かが見える」 そう言った時の染田の表情はとても真剣だった。 自分は今、何のために行動しているのだろう、千紘はもう一度染田に会って話をしたいと思っていた。 (きっとこれから帰れば、またあの場所に染田くんがいるはず) 千紘は急いでエレベーターに乗り込もうとした。  その時、突然「野村さん!」と呼び止められ、千紘はどきっとする。振り返ると、海斗が鞄を持って立っていた。 「今日、これから若手の社員で飲みに行くんだけど、一緒に行かない?」 「え?!」と千紘は戸惑う。 (染田くんに会いたかったんだけどな……) それに千紘は、会社の部署全体の忘年会などは数回参加した事があったが、個人的な飲み会は参加したことがない。 返事を決めかねていると「行こ! 行こ!」と海斗に肩を押され、そのままエレベーターに乗ってしまった。
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