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第7話 飲み会での洗礼
千紘は海斗に連れられて、のこのこと飲み会に来てしまった。
「だれ?」という他の社員たちの目線が痛い。完全に間違えて紛れてしまった感が否めない。
海斗は「野村さんだよ。営業事務の」と笑顔で周りに言った。
千紘は軽く会釈する。
「あ~派遣の」という声がどこからか聞こえてきた。
飲み会は営業の社員を中心に12名程が集まっていた。
女性は千紘を含め、5名くらい。
丁度、千紘の向かいに座っていた女性が話しかけてきた。
「えっと。野村さんだっけ? 何歳なの?」
彼女の事はよく知っている。営業事務兼、営業補佐をしている山中 亜理紗だ。
目鼻立ちのハッキリした美人、ゆるくカールした艶のある髪。
明るくはきはきした印象でいつも甲高い声で笑いながら海斗の側にいる女性だった。
「24歳……です」
千紘はうつむきがちに答える。
亜理紗に比べて自分はどうだろうか。顔は普通、長い髪は一つにまとめシュシュをつける程度。
人にはっきりものが言えず、合わせてばかり……
「海斗~」と声がかかり、海斗は他のテーブルに呼ばれて行った。
亜理紗が続ける。
「24歳?! 私の1コ下じゃない。何で派遣なの? 就活失敗組?」
笑みを浮かべながら言う亜理紗の顔は、どう考えても千紘に対して好感を持っている印象ではなかった。
「そうです」と千紘は一言だけ答えた。
「私はね。今、海斗の営業のサポートしてるの。あの人本当に仕事できるし、社内だけじゃなくて取引先からの評価も高いんだよね。これからが大切な時期なのよ。海斗にとって。私はいろいろな面でサポートしたいと思ってる」
亜理紗は千紘を鋭く見ながら言った。
「派遣はできる仕事に限りがあるでしょ? 言われた事だけやってる派遣が、気安く近づかないで欲しいんだけど!」
千紘は何も言い返せなかった。
千紘から海斗に近づいた訳ではない。でも、海斗に憧れを抱いていたことは確かだ。そして今の自分は亜理紗の様に、意識高く仕事はしていない。
「何も言えない」と思っていた。
自分に自信がないから? 人に合わせるばかりで自分の意見を言ってこなかったから?
後悔ばかりの人生だから?
千紘は涙が溢れてきた。
そして慌てて、涙がこぼれ落ちる前に「私、やっぱり帰ります」と言い、お店を後にした。
千紘が帰る姿をみかけ、海斗が慌てて亜理紗に聞く。
「あれ? 野村さん、どうしたの?」
亜理紗は笑顔で「わかんな~い。どうしたんだろうね」と答えた。
◆
駅までの道のりを歩きながら、千紘は必死に涙をぬぐっていた。
「悲しい。悔しい。でも、何も言えなかった」
過去に戻って選択を変えたことで未来が変わった。
でも……自分自身は何も変わってないじゃないか。
これじゃあ、結局また新しい未来で同じことの繰り返しになってしまう。
「私は変わりたい。もっと、自分に自信をもって、強くなりたい」千紘はそう思っていた。
◆
「野村さん!」
急に大きな声がして、千紘は振り返った。
海斗が息を切らしながら走って来る。
「ど、どうしたんですか……?」と千紘は驚いて言った。
「急に帰るから……ごめんね。嫌な思いしたんでしょ?」
海斗は、はぁはぁと肩で息をしながら言い、千紘の涙目の顔を見る。
「いいんです。私、自分に自信がないんです。だから、いろんな事が上手くいかないんだと思います」
千紘が下を向いてそう言った瞬間、千紘は力いっぱい海斗に抱きしめられた。
「え……????」と千紘は頭が真っ白になる。
そんな千紘に向かって海斗が優しく言った。
「大丈夫! 野村さんはすごく頑張ってるよ。俺はいつも、ちゃんと見てるから。少しずつでもいい。自分に自信をもって前に進んで欲しい」
千紘は泣きながら「はい……」と答えた。
そして海斗は慌てて、ぱっと手を放し「急にごめんね」と顔を真っ赤にして言った。
千紘は海斗に「ありがとうございました」とお礼を言った。
「また来週、会社でね」そう言って海斗はお店に戻って行った。
海斗の背中を見ながら、千紘は急に体温が上昇してくるのを感じていた。
真っ赤になった頬を両手で覆いながら(きゃー……!!)と心の中で叫ぶ。
「佐々木さんは私の姿を見てくれている。過去の選択をし直すだけじゃダメだ。私自身がもっと成長して、いつか佐々木さんに追いつける様になりたい」
千紘は心の中でそうつぶやいた。
◆
千紘は電車を降り、自宅に向かって歩いていた。
もう夜だ。きっと染田はいないだろう、と思いながら角を曲がる。
「あっ……」
千紘はあの石の前で立っている染田を見つけ、走り寄った。
「染田くん! もう夜だよ。どうしたの? お家の人が心配しない?」
染田は少し疲れているように見えた。いや、元気がないのだろうか?
「あなたは、この前会った時よりも、目に力がみえる……」そう言う染田は声も弱々しかった。
「え……何があったの……?」千紘は不安になり、染田の顔を覗き込んだ。
染田の顔はいつにも増して透き通るように白く、今にも消えてしまいそうに儚かった。
染田は下を向きながら言った。
「何度……何度過去に戻っても僕の状況は変わらないんですよ。何度、過去で選択をし直して、未来は変わっても、最終的な結果は変えられない……」
「どういう事?! 何か大変なことに巻き込まれてるの?!」
千紘は思わず染田の腕を掴もうとした。
染田は反射的に後ずさりする。
その瞬間、よろめいた千紘はあの石に触れてしまった。
千紘は「染田くんの変えられない結果って……何……?」と思いながら、突風に飲み込まれた。
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