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 あっけらかんと答える彼女の様子に啞然とした。婚約者の死に対する感情はさておき、その社会性の欠如を目の当たりにして彼女の今後の人生に不安を覚えたからだ。俺が心配することではないが、それでもだ。 「通夜があるだろ。酒は終わりにして準備した方がいい」 「そうね。さすがに通夜は行かないとダメかぁ。こういう時のヤクザはうるさいしなぁ。反社会的な集団なのに伝統保守主義なとこ面白くない?」 「そんな話をしている場合か」  眉をひそめる俺を見て紗香は笑う。婚約者の通夜の話題だとはとても思えない。 「ねえ、ハイボール早くちょうだい」 「飲むのか……」  結局、二杯目のハイボールは飲むらしい。彼女が動く気がないのなら俺が何を言っても無駄だろう。言われるがままハイボールを用意して渡すと、彼女はぐびぐびと音を立てて喉にハイボールを流し込んだ。その口から死者を悼む言葉が紡がれることはない。  そうして一時間が経ち、五杯目のハイボールを飲み干した後で彼女はやっと立ち上がって帰り支度を始めた。頬は少し上気しているものの、ふらつくこともなくしっかりと立っている。  忘れ物がないかと彼女が座っていたカウンター席を見ると空になったグラスの横に指輪がひとつ。それなりの大きさのダイヤの指輪だった。 「紗香さん、忘れ物。指輪が置きっぱなしだ」 「ああ、捨てておいて」 「捨てる? これを?」  カウンターから身を乗り出して指輪をつまみ、彼女に見せるようにして問いかけた。この高そうな指輪を捨てろだなんてなんの冗談だ。 「春日からもらった指輪なんだけど本人死んじゃったしもういらないでしょ? なんか気持ち悪いし。じゃ、ごちそうさま」 「いやいや、ちょっと待てって!」  俺の制止も聞かず、彼女は酔いを微塵も感じさせないしっかりとした足取りで店から去っていった。 「いや、どうしろっていうんだよ」  殺されたヤクザが美しい婚約者へと送ったダイヤの指輪だ。それが俺の手のひらで輝いていた。婚約者の死に動じず、形見とも言えそうな高価な指輪をゴミのように扱う女性に出会ったのは初めてだった。  だから俺はまず初めに指輪がイミテーションではないかと疑った。後日ちゃんと鑑定したのだが、予想に反してそれは本物のダイヤだった。1カラットで二百万円相当の正真正銘のダイヤの指輪だ。そこで今度は盗品という可能性に思い至り、盗品の照会をすべきか悩んだ。  清山紗香とこんな不自然なやり取りをしたものだから、俺は自然と『春日辰己から始まった一連のヤクザ殺しに清山紗香が関与している』と考えるようになった。『警察官』として、その可能性を追うべきだと考えたのだ。  そんな女と結婚することになるなど、この時の俺にはまったく想像の埒外だった。
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