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 警視庁組織犯罪対策部には『嘘つき』がいる。事実に反する事柄を事実であるかの如く発言し、人を欺き、騙す、嘘つきだ。社会の安全と秩序を守る警察組織によって作られた嘘つき――潜入捜査官。  俺、橘涼真もその一人だ。  公には日本に潜入捜査を行う警察官は存在しない。潜入捜査は捜査官が法を犯さねばならないことがあるためだ。違法捜査となれば収集した証拠の証拠能力は否定される。立件できなければどれだけ捜査をしても意味はない。  つまり、日本の警察官には犯罪を摘発するための嘘は許されていない。警察官が捜査のために嘘をつけば犯罪者の権利と自由を脅かす恐れがあるし、犯罪者を騙した結果、犯罪者が『警察官にやらされた』なんて言い出す可能性もある。  それでも警視庁はこの街に警察官を潜ませていた。捜査には使えなくても、せめて情報を得るために。 「反社会的勢力も害虫みたいに罠にかけて一網打尽にできれば楽なのにな」  時刻は十八時。繁華街では早朝ともいえる時間で、俺は棚に並んだボトルを拭きながらつぶやいた。ちょっとしたボヤキのつもりだったが、ヤネウラの店内にいるもう一人の人間はそれを聞き逃さなかった。 「犯罪者にだって人権はあるんですよ。プライバシーも、自己決定権も、黙秘権もあります。裏で始末するならともかく、法で裁こうという良心がわずかでもあるのなら『罠』なんてあり得ない選択肢ですよ」  西野琴葉は滔々と諭すように語った。いかにもキャバ嬢という風貌だが、それとは不釣り合いに口調は堅い。昔は見た目も真面目そうでお堅い印象だった。 「俺だってそんなことわかっている。もうちょっと簡単にことが進めばいいのにって願望が口から漏れただけだ。だからお前も裏で始末だとか物騒な願望を口にするのはやめろ」 「願望ですって? ええ、願望ではあります。でも情報収集で十分じゃないですか。それが私たちに出来る精一杯の仕事ですよ」  俺たちは警察官という身分を秘匿して繁華街に潜んでいる。この街で反社会的勢力の動向を監視し、情報を収集することがその任務だ。  警察を避けるような人間と気安い関係を築き、警察が触れにくい情報に触れる――それが日本で出来る潜入捜査の限界だった。  警視庁が少人数での潜入捜査チームを立ち上げて二年になるが、今のところ潜入が露見するような事態には至っていない。安全第一という方針は守られているものの、成果が出ているとも言い難かった。
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