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「あ、そうそう。今日は不藤組の組長さんがお店にいらっしゃる予定です。橘さんは私が面白い話を聞けるように祈っていてください」 「へぇ? 不藤組も身内が殺られてから慌ただしかったのにな。ひと段落したってことかもな。面白い話が聞けそうじゃないか」  春日の次に殺された男が不藤組のヤクザだった。不藤組は阿頼組傘下で特に伝統を重んじる大組織だ。先代である阿頼組四代目の出身組織でもある。  今の組長は芹沢という男だ。西野を気に入ってシャングリラに頻繁に飲みに来るらしい。  西野の本来の任務は男から情報を引き出すことではなかった。元々は、夜の女の情報網を作ることがその任務だった。直接ヤクザから情報を引き出すのではなく間接的かつ効率的に情報を引き出せるような仕組みを構築しようと画策していたのだ。しかし、思いがけず芹沢という大物を釣ってしまったことで、西野はまるで不藤組専門の捜査官であるかのように動いていた。 「腕の見せ所ですよ」  西野の顔はどこか得意気だ。後輩の生意気な顔が面白い。 「がんばれよ。そうそう、実は俺も面白い話が聞けるかもしれないんだ。今日の閉店後に清山紗香の自宅に呼ばれている。西野も俺が面白い話を聞けるように祈っていてくれよ」  西野の得意気な顔は一転して驚愕の顔へと変わった。 「清山紗香の自宅に? ちょっと、さすがに体の関係はまずいですよ」  そんな話を一つもしていないのに、西野は二人が男女の関係になるのではないかと危惧していた。 「海外じゃあるまいし日本でそんなことできるかよ」  以前、どこかで海外の潜入捜査官がその身分を隠したまま結婚したというニュースを見たことがあった。だが、日本では結婚どころか恋人でもまずいだろう。  万が一にもそんなことが明るみに出ればマスコミが挙って警察を叩くはずだ。そうなると警視総監、警察庁長官の立場まで危うくなるかもしれない。  場合によっては厄介なことになる前に警察が自分を消そうと動き出す可能性すらある。 「新しい仕事を頼みたいんだと。話が済んだらすぐに帰るさ」 「どうですかね。それだけで終わるとは思えません。中身はともかくキレイな人ですから。橘さんみたいな軽薄な男性は美女で身を滅ぼすまでが様式美ってやつですよ」 「わかってないな。俺みたいに軽薄な人間にそんな度胸はないんだよ」  軽薄な男性としてふるまう俺の自虐的なセリフを聞いてか、西野は露骨に嫌な顔をした。
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