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***  ワタルが意識を取り戻したのは数十分前。  気が付いたら真っ暗な森の中にいた。四方を見回しても見えるのは木と草むらだけ。あとは闇、闇、闇。  (やぶ)を掻き分けるうちに、ようやく頭上に人工物を発見した。それがあの鉄塔だ。真っ黒い巨人のような影は恐ろしかったが、他に行くあても無いので、とりあえずはそれを目指すことにした。  鉄塔の手前で廃倉庫を見つけたのは幸運だった――そこに人がいなかったのは彼を大いに失望させたけれど。  それでも、四方をコンクリの壁に囲まれると、少しは落ち着きを取り戻すことができた。廃倉庫には長い間放置されているらしい工具やロープ、賞味期限の切れた非常食の他、虫食いだらけの毛布もあった。毛布はともかく、このロープは十分役に立ちそうだ。ワタルはそれらに安心を見出し、当座の居場所を(こしら)えたのだった。  その段になってようやく、スマートフォンのことを思い付いた。持ち物を漁ったが、いつも持ち歩いていたはずのスマホは見つからない。代わりにポケットから転がり出てきた物は、彼の心をザワつかせた。  やけに重たい四角い物体――これは後でトランシーバーだと気付き、電源を入れた。  そして、大振りのコンバットナイフ。  ワタルはどこにでもいる平凡な男子大学生だ。アウトドアやミリタリーグッズ集めが趣味というわけではないし、こんなナイフは護身用の域を超えている。試しに鞘から出してみたけれど、これで林檎の皮を剥こうものなら、そのまま指までザックリいってしまいそうだ。おまけに血を拭ったような跡まで付いている。  こんな物、捨ててしまうべきだ。明らかに銃刀法に違反している。万が一にも警察に見つかったら――……。  だが、ワタルはそうしなかった。できなかった。本能的な恐怖が彼に「これを手放してはいけない」と忠告していた。
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