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2.
***
周囲の警戒に全神経を集中させていたおかげで、ワタルはその微かな物音を聞き逃さなかった。
今のは風のせいじゃない。明らかに何かが藪を通ろうとして音を立てた。
再び緊張が全身を支配する。心音がドッドッと工事現場みたいな音に変わった。口から心臓が飛び出しそうだ。せめて大きく息が吸えたらいいのだけれど、相手に見つかるかもしれないと思うとそれもできない。
音のする方向が特定できたので、息を殺して音とは反対の方向へ移動を始める。物音を立てないように慎重に、すべての動作をコマ送りにして。少しずつ相手から距離を取る。
ところが。
トランシーバーが裏切った。
『ジッ……ザザッ……』
短く、二回。
しまった。ダイが発信ボタンを押したのだろう。トランシーバーがそれを拾ってしまったのだ。
背後に迫る足音が速度を増した。完全に気付かれたようだ。
もうなりふり構っていられない。ワタルは全力で走り出した。
『……タル……ワタル! 止まれって、オレだよ!』
ダイの声。
ワタルは驚いてポケットに触れたが、足は止めなかった。
「ダイ?」
『そうだよ! 何で逃げるんだ、バカ!』
背後を振り返る。夜の森は闇に呑まれたままで、追っ手の姿を確認することはできなかった。
本当にダイなら合流したい。でも、もし違ったら――……。
正面に太い木が現れた。一度見たら忘れられないような、人の胴よりも太い幹。ワタルはそれに背を預け、ナイフの鞘を払った。
相手が銃じゃありませんように。
祈るような気持ちでナイフを握り締める。
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