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***  周囲の警戒に全神経を集中させていたおかげで、ワタルはその微かな物音を聞き逃さなかった。  今のは風のせいじゃない。明らかに何かが藪を通ろうとして音を立てた。  再び緊張が全身を支配する。心音がドッドッと工事現場みたいな音に変わった。口から心臓が飛び出しそうだ。せめて大きく息が吸えたらいいのだけれど、相手に見つかるかもしれないと思うとそれもできない。  音のする方向が特定できたので、息を殺して音とは反対の方向へ移動を始める。物音を立てないように慎重に、すべての動作をコマ送りにして。少しずつ相手から距離を取る。  ところが。  トランシーバーが裏切った。 『ジッ……ザザッ……』  短く、二回。  しまった。ダイが発信ボタンを押したのだろう。トランシーバーがそれを拾ってしまったのだ。  背後に迫る足音が速度を増した。完全に気付かれたようだ。  もうなりふり構っていられない。ワタルは全力で走り出した。 『……タル……ワタル! 止まれって、オレだよ!』  ダイの声。  ワタルは驚いてポケットに触れたが、足は止めなかった。 「ダイ?」 『そうだよ! 何で逃げるんだ、バカ!』  背後を振り返る。夜の森は闇に呑まれたままで、追っ手の姿を確認することはできなかった。  本当にダイなら合流したい。でも、もし違ったら――……。  正面に太い木が現れた。一度見たら忘れられないような、人の胴よりも太い幹。ワタルはそれに背を預け、ナイフの鞘を払った。  相手が銃じゃありませんように。  祈るような気持ちでナイフを握り締める。
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