2人が本棚に入れています
本棚に追加
私は十一年前、心臓移植を受けた。
小学校の入学前に受けた健康診断で心臓に異常が見つかったのだ。入院し治療を受けたが、薬では進行を抑えることしかできない。生きるには移植するしかなかった。ドナーを待ち数年を病院で過ごす間に、発作を繰り返すようになった。もうダメだと諦めてしまった時に、奇跡的にドナーが現れた。
その子のおかげで今も私は生きている。
退院後、異変を感じたのはケーキを食べた時。入院前に好きだったクリームいっぱいのケーキを食べたが美味しく感じなかったのだ。他の甘いお菓子でも同じで不思議に思い、調べて知ったのが臓器の記憶だった。移植を受けた人の中には、趣味嗜好の変化やドナーの生前の記憶を見る事があるという。
私の味覚の変化もそれだと納得した。それ以外には大きな変化もなかったのでいつの間にか忘れてしまっていた。
服の下に残る傷跡がうずく。元の心臓よりも長く一緒にいて、もう体の一部となっている。しかし先ほどまでは体から切り離されたように激しく主張していた。
『あなたは、その子のぶんまで精一杯生きなきゃいけないのよ』
元気になった私を見て言った両親の言葉が頭をよぎる。私のこれからを鼓舞する為にかけられたと信じていた。
しかし今日の出来事を思い返すと、あの日の言葉が別の意味を持ちそうで悪寒が走る。ただの妄執だというには、とぎれとぎれに見せられる情景は鮮明だった。
事故で脳死した子だと聞かされていた。それ以上の詳細を知ることも、直接お礼を言うことも禁止されている。だから、精一杯の感謝を込めた手紙を託した。あの手紙は本当にドナー家族へ届いていたのだろうか。テレビに出ていた夫婦がそうならとてもそうは思えなかった。
今まで記憶を見たことはなかったがこれから先、今日をきっかけにドナーの死の直前の記憶を思い出すかもしれない。そこに映し出されるのは、事故の瞬間かそれとも……
最初のコメントを投稿しよう!