グレンはなんでも知っている

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 最後に、さようなら、昨日はごめん、今までありがとう、と言いたかった。だけなのに。 「いない…。もぬけの殻だ。」  ソウの店は閉店前のはずだったけれど、灯りはない。窓から覗いた店の中はテーブルや椅子はあるものの、食器や調理道具、装飾品の類も全てなくなっていた。もちろん、普段の生活に使っている裏口やその周りの窓にも灯りはない。  戸を叩いてももちろん、誰も出ない。  息をしていたから大丈夫だと思って出て来たけれど、まさか…いや、だからって片付くのが早くないだろうかと、トムは違和感を覚えて今までのソウとの時間を思い返す。  初めてソウの料理屋に立ち寄ったのは、南の国を出てからの帰り道。その時はなにも話しはしなかった。次に寄った時に、また来ていいと話し掛けられてから、トムはここに帰って来るようになった。  そんなことを一年近く続けていた。  ソウに、強い魔力を持っているから交わることはできないと、断ったのはいつだったろうか。最初はトムが仕事や魔王の城に出かけて、数週間、数日後に戻ってもソウは友人としてトムを扱っていた。  以前からではない。この二月前からソウはトムの身体に触れるようになった。なんとかして交わる方法はないか、早く帰って来てと愛情を口にした。  店の外で立ちつくしていると、町の人間が通りかかる。あれ、今日はやっていないのかと言う者もいるし、もう数日閉めているのは知っているけれど今日は開いたかと見に来る者もいる。 「閉めたんだよ。ソウの店は。」  旅姿の男がそんな中の一人に教えてやっている。 「ここを貸してる知り合いに聞いたけど、一昨日の晩に荷物をまとめて夜のうちに出て行ったらしい。国へ帰ると。うまい店だったのになぁ…残念だ。」  一昨日の晩なら、気を失った後に目覚めてから、荷物をまとめて出て行ったことになる。行動が速いこと。  店の前から動けないトムにドロウがやっと追いつく。 「一昨日、この料理屋に来たな?ソウと話をしたよな?僕を探していると。」 「…聞いたよ。」  息がきれて、ゲホゲホと咳こみ、そうすると背中が痛み、あう…と呻く。二つの荷物を地面に置くと、玉がカラ…と鳴った。 「今日、トムが帰って来るから外にいろと。…自分には魔力が強すぎて…残念だけれど別れる道しかない。迎えが来たなら、帰すと。」  違うな、とトムは気付く。 「あんたがすごい魔力持ちだと、店の客が言ってたと…。僕はてっきり、挑発でもしたのかと思った。」 「魔力?俺は外では出さないよ。ましてや店の中でなんて、そんな危ないことしない。」 「だって、ソウの店の外で、僕の魔力が残ってるからここがわかったって…。ドロウは言ってたよね?」 「ここには、少しだけお前の魔力の名残がある。だから寄って店主に聞いたんだ。知らないかと。」 「僕も魔力は…やすやすとは、出さないよ。ドロウも二年間、見つけられなかっただろう?」  どうして?  二人は顔を見合わせた。
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