グレンはなんでも知っている

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「グレンはもういない、俺の目の前にいるのはカクレだ。」  ガトラーは本棚の前から立ち上がり、その時に目に入った書物の背表紙を何冊か追った。そのままカクレの方には振り向かず、手を見たり、また本を見たりして、やっと次の言葉を引っ張り出す。 「遊びのように人を手にかけてしまったこと、グレンを救えなかったことを悔いている。」  カクレは紙の束を繰る手を止めない。 「俺は魔王になると思って育ってきた。グレンがそうだったから。一時だけ魔王の力を感じた時、トムまで手にかけようとして…。」  一つの紙で手が止まり、カクレはそれを読み始める。ガトラーの告白も聞きながら。 「グレンが消えて、カクレが目を覚ました時、俺は魔王の力がカクレの魔力できれいに洗い流されたのを感じた。」  読み終わったカクレがガトラーの手を掴みながら立ち上がる。読んでいた一枚を手に持って。 「残念に思ったんだろう?悪かったと思ったこと、全部忘れて。魔王になれなかったと悔しかった?」  ガトラーの頭がカクンと下がり、そのまま何度も上下する。 「あんまり、心配するな。全部、グレンはわかってた。」  カクレの手にあった一枚の紙がガトラーに渡される。 「落書きは最後に読むこと。あの三人には振り回されて、本当に頭にくる。でももう、これで終わりだ。」  その紙はまだ読むなとでも言うように、カクレはガトラーの腕ごと抱き締めてその胸に顔を埋める。 「僕はいつでもいい。いつだってガトラーを待ってる。目の中の黄色い月がとてもきれいだと、言われたあの日から僕はずっとずっとガトラーが好きだ。」  そう言う声は雲一つない冷えた夜空のようのように潔くて。その声は大きくなくても、深い水の底にでも届くような重みを持っているのだった。 「言った。きれいだと。でもそれは、カクレが本当に小さな時で…。」  ガトラーはカクレから渡された紙を持つ反対の手で、先程トムに持たされた紙片をマントから出すとそこに書かれた落書きを読む。 「ガトラーにカクレの記憶をまた戻してあげたい。」  下から覗き込むその目には、半分の月が輝き、ガトラーはそれをもうすぐ、本当に手に入れられるのかもしれないと思った。目の前にいたのに、遠くてとても届かないと、手を伸ばすのも諦めていたその光に。 「僕は都に出て勉強がしたいと思ってるんだ。魔力の源について、もっと深く考えたい。ここにはちょくちょく帰る。ただ、僕には魔力がないから、帰るのには時間がかかる。」  これからもっと深く結ばれるかもしれないという時に、色気のないことを言う。 「それもこれも含めて、納得したら来て。僕は部屋で待ってる。」  カクレは口付けの一つもせずに、腕を解いて離れると蔵書室から出て行ってしまった。  ガトラーは指を折って歳の差を数えてみる。どうしたって自分の方が年上なのに、あちらの方が随分大人に見えるのは…赤子の時からの記憶があるとしたら頷ける話だった。  今は、それではなくてと、渡された紙に目を落とす。
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