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「王女、ご無事で良かった。」
勇者は笑顔で手を叩く。
その姿を王女は睨むように上から下へと値踏みし、田舎者ねと小さく笑ってからまた本へと目を移す。
面倒くさそうな王女だなとガトラーは思いながら、そのうちに兵士がなだれ込んでは来ないかと、豪勢な扉の外を気にしていた。しかし、妙だな。この部屋が何者かに攻撃されてから暫く経つが、誰も救助に来る様子がない。空から見た時は、城の下には人影が見えたのだけれど。
王女の姿も妙だ。長い髪は小さく、小さく束ねられて、金のアクセサリーで留められている。まるで、何匹もの蛇を頭に飼っているかのように無数の毛束が広がりを作っていた。
成人まで大切にこの城で育てられてきたのだ。顔立ちは美しい、のだろう。だけれど、その顔面は青白く、唇は色を失い、目には生気がない。
夜中にこのバルコニーからお目見えする手筈だったのだろうか。それなら正解だ。こんな惨めな姿の王女が現れたら、国民は卒倒するだろう。成人したての美しく、健康的な王女を想像していたならなおさらに。
「王女様は最強の魔法使いとお見受け致します。どうかその証拠に、この部屋を元に直して見せてください。」
勇者が王女の態度や姿には動じずに話を進める。王女はまた、勇者を睨む。
「最強の魔法使い?私が?」
ため息をつきながら、王女は本をパタリと閉じる。
「失礼ですが、髪を一房、ほどいてもよろしいでしょうか?」
「怪我をするわよ。止めておいた方がいい。」
「ならば、ご自分でほどきますか?」
「嫌よ。面倒くさい。ほどくと結うのが大変なのよ。」
「ならば、僕がほどきます。」
勇者は左耳に髪を掛けると、少し首を傾げて王女の髪に狙いを定めるように、慎重に手を伸ばした。
外で夜明けを待つ鳥が木から一斉に飛び去った音が聞こえる。勇者の手から強力な魔力が流出しているのがわかる。
王女もそれに気付き、顔をしかめる。
「やめて。私の顔に傷がついたらどうするのよ。」
王女は一房の髪から金のアクセサリーをパチンと取る。
「ありがとうございます。部屋を元に戻せたら、ご褒美として魔王討伐に連れて行ってあげますよ。」
「あら楽しそう。それなら私が最強の魔法使いだと、すぐに証明しなくちゃいけないわね。そんなことなら。」
王女はまた、金のアクセサリーで髪を留める。一本だけ、髪の毛を残して。
「これで十分よ。」
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