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「浮かれた子どもか。」
黒髪に黒い瞳、切れ長の細い瞳を更に細めた男が髪をかき上げながら呆れてため息をつく。
「なんでよ。こんなに大きな都に出て来て、祭りをやっていたら、田舎から出てきた人間はみんなこうなると思うよ。」
勇者トム。
少年から抜け出したばかりのような青年は、栗色の髪に、黄色のかかった茶色の瞳でケラケラと屈託なく笑う。
多くの人が、かわいらしい、素敵だと褒めそやしそうな容姿は勇者だからこそ、だろうか。
定められた運命には、それに然るべき容姿をと神様が与えてくれた装備の一つのようだ。
トムは田舎者まる出しで、右手に飴菓子と綿菓子、左手に串に刺した肉と袋にいっぱい入ったせんべいを持って満足そうにしながらも、まだ良いものがないか左右を物色している。
「勇者っぽくないからやめてくださいよ…。もっと威厳を持った方がいい。一緒にいて恥ずかしい。これでも俺、魔王の弟子なんですよ?勇者と魔王の弟子らしく、緊張感持ちましょうよ。」
文句を言いながら勇者トムの後ろを歩く、道案内の下僕、ガトラーは自称、魔王の弟子。
魔王討伐に出発した矢先に森で行き倒れになっているのを助けた「拾い物」だ。
最初は感謝していたが、体力が回復すると「実は魔王の弟子です」とトムを急襲してきた。人差し指一本で昏倒させてこうして魔王の城まで道案内をさせている。
最短ルートで魔王に辿り着ければ、僕の残りの人生は安泰だ。早く、早く魔王を討伐してこの勇者稼業から抜け出したい。
あの小さな村に帰って、父母と畑を耕して暮らせるだけでいい。幼い頃からの魔力の訓練、もうまっぴらだ。魔王に会ったらこの封具を全て取り去れば勝てるだろうと見越していた。
「勇者に道案内をさせられている魔王の弟子に言われたくないよ。もっとあんたも威厳を持ったほうがいいね。勇者なんて、これくらい無防備な方が親しまれていいじゃないか。なんでも好かれるようにしておいた方がいい。」
トムは手に持った戦利品をどれから味わうか吟味し、まずは熱い肉から頬張る。
今だ、逃げよう。
ガトラーは距離を少し空けておき、トムが肉に夢中になったところで背中を向けて足音を消し走り出す。
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