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手袋の中にあった右手には勇者の証の痣。てっとり早くやりたい時は、血を奪って飲むという教えの通り、師匠はそれを実践してみせた。
「またこの痣がどこかに行ってしまったら、それを探す旅に一緒に連れて行ってくれるなら、そちらの国に行ってもいいわ。」
もちろんです。もちろんです。とホイルは日の光に輝くエリの瞳を見つめていた。
「あの、トムさんにもう一度、謝って来ます。まだ遠くへは行ってませんから。」
ホイルとエリのいる、森が少し開けた丘の下を歩くトムの後ろ姿が見える。
「ほっときなさいよ。子どもみたいに拗ねて、情けない。あんなに魔力を注いだのよ。走ればもっと遠くまで行けるのにぶらぶらと…。」
そこへ追いつこうとする一つの影を認めて、ホイルとエリは立ち上がる。
「僕たちはこちらを行こう。エリさんのお父上に挨拶をして帰らないと。」
ホイルがエリの額に口づけをすると、するりと髪の毛がマントの下から現れる。
「短くてごめんなさい。少し、魚を焼きながら、少しもらって、とっておいたんです。」
ホイルは鉱物でできた球体をマントの内側から取り出した。それはもう黒く濁っていたけれど、少し温かかった。
「ホイル王子!すみません。忘れていた。」
息も切らさずに、トムが魔力の力でこちらに走って来るのが見える。
「ほら、走れるじゃない。」
エリはマントをホイルに返しながら、短い髪を揺らして笑う。
「殴るのはやめますけど、言わないと気が済まない。カクレに変なこと教えて…この、変態師匠王子!」
ああ、それはとホイルが弁解する前にトムは横を見て。
「王女、本当にありがとう。感謝の気持ちは忘れません。いつか、お返ししたい。」
トムは王女の手を握ると、深く頭を下げる。ホイルの弁解は聞かずに、急ぐので、ここでお別れですと、そのまま走り去る。
「どうしてそんなに急ぐの?」
エリがその背中に聞くとトムは振り返らずに手を振る。
「魔王は倒したけれど、旅を続けたい!」
その声の響きには覚えがあった。自分も城から出た時に感じたあの嬉しさを言葉にのせた時と同じだと、エリは気付いた。
冷たい目で自分を見るエリへ、誤解です…とホイルは長い弁解を始める。
一度トムに追いついたドロウだが、魔力に満ちた走りには付いていけず、立ち止まり。自分の激しい鼓動と息遣いの音を聞いていた。
こちらの顔も見ず、なにも言わずに走って去って行くトムに、待ってと伸ばした手から耳飾りが離れて、地面に落ちた。
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