幸いの使者

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 ドロウはもう二年も、トムを待ち続けていた。  待つだけではない、探してもいた。仕事に出向いた先でトムの魔力を追うが、手掛かりもない。耳にかかる栗色の髪で小柄な青年と聞いても、そんな旅人は見ないと返されるばかり。  魔力を制御する訓練をあれだけ重ねたのだ、追っても見つかるわけがない。外見は少し変わったのだろうか。それとも、自分が行かないような遠くへと既に旅立ち、そこで根付いて暮らしているのだろうか。  その考えに行き着く度、そうではないといいと願って頭を振った。  ドロウは夕方になり仕事を終えると、住居も兼ねるヤットキット紹介所への道を歩きながら。今夜こそ、街に行って酒でも飲もう、そのまま一晩の相手でも見つかればいい。いや、恋人でもできれば忘れられるに違いない。  だったらもっと真剣に、王子に頼んで良い相手を探してもらおうか。明日にでも城へ行って来よう。そうやっていつもと同じことを考えながら、先月産まれた赤子がいるから迷惑かと王子に仲人を頼むのを諦める。  今夜は珍しく戸棚から酒を出した。魔導士の身体に酒は合わない、でも今夜はだめだとコップに酒を注いでみる。  空は雲一つない。上弦の月だ。あれが上まで行って、カクレの目になるまでは。トムの目がこちらを見ている。  この苦しみが、一生続くかもと思うと、恐ろしくて眠れない。 「思い出した。」  魔王城のバルコニーでずうっと苦しめられると予感したあの気持ちの名前を。  かつて、ドロウがトムに言った、あの二文字。  熱い、苦しい。僕はあの夜、こんな気持ちだったんだ、これを二度も。頭を割られそうになる恐怖を二度も。お前も一生苦しめと、もう記憶の中では別人のようになったトムが言う。  ドロウは頭を抱えて灰色の髪を片手で一掴み、もう片手で一掴みし、やがてそれを乱暴に掻き回し始める。  その髪は銀色には輝かない。空高い半月の光は遠く。その月光は窓から少しだけ差し込み、ヤットキット紹介所にもう一つある、真新しい机までしか届いていなかった。  その机には碧色の耳飾りが置かれている。光の当たる角度が変わると、部屋に時折小さな碧の光と影が現れて、来てくれたのかと錯覚する。  勇者でなくなったら、なんでもしてやるからと約束したのを、お前は聞いていただろうと、空を睨む。  半月の月はなにも言わず、空からドロウを眺めていた。
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