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呪われた勇者の父親は魔導士がその能力を「視に」来る一月の間に何度も赤子をこの世から消そうとして、全て叶わずにいた。いつも赤子の周りにある得体のしれない力によって阻止されることが続いていた。
直接、その胸にナイフを押し当てようとしたこともある。だが赤子にナイフは刺さらず、いつものように弾き返されるのだった。
最後、父親は赤子に乳をやるなと、母親に言った。外からだめなら中から攻めれば良いのだと血走った目で訴える夫を妻は不憫に思い、自分を責めた。
私がこんな子どもを産まなければ、家庭が壊れることはなかったと。だが母親は老婆に聞いた「幸いの使者」を信じた。赤子が旅立たなければ使者には出会えない。ならば育て上げなくてはならないと、こっそりと乳をあげた。恐らく、あげなくても育つのだろうとも思っていた。
それ程に、呪いと幸いへの道は平行した運命で結ばれているようなのだった。
一月後、三人の魔導士がこの家族の住む家の玄関を叩いた。出迎えた老婆が赤子を見せると、一番若い魔導士が痣を見、魔力を視てから言った。
「確かに、勇者であることに、間違いない。そして大変珍しい、呪われた勇者であることも間違いない。」
「ならば…いかが致しましょうか…?」
老婆が若い魔道士に聞く。
「一月に一日ずつ私共が魔力の使い方を教えに参りましょう。そして彼が成人した日に魔力を抑える封具を完成させます。それを身に着けて、魔王の討伐に出向いてもらう。必ず、幸いの使者と共に魔王無き世の中を作る勇者となるでしょう。」
「この赤子は呪われてなどいないのではないですか?」
父親は魔導士たちが去った後に涙を流しながら老婆に訴えた。魔導士の話はとても理解ができなかった。呪われた勇者こそが、魔王無き世の中を作るなんて。
「呪いとは…悪ではないのかもしれません…。私もまだ呪いの勇者の末路はわかりません…。しかし、幸いの使者に…出会えると約束された人間は…そうはいないでしょう…。」
老婆はまた、歌うように話をした。父親は落ち着いて、赤子がやはり呪いの勇者であることを受け止めた。それきり、今までのことは忘れてしまったように赤子を消そうとはしなくなった。
大事なことを忘れてしまい、その後も思い出すことはなかったのだが、父親にとってはそれが幸いのようだった。
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