ドロウはなにも知らない

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 魔力を玉に移す。黒い濁りが黄色い光に輝く。それを数度繰り返せば身体の重みが引き、煙のかかったような視界が開ける。  やはり、半月の夜がいけない。でもいつまでもこれを繰り返せない。この城にあるこの鉱物の玉も無限にある訳ではないのだ。輝きを与えられた球体は使う先がなく貯まる一方で、そろそろドロウに声を掛けなくてはとも思えてくる。 「はぁ…。」  溜息が漏れる。結局あのままトムが使おうと思っていた寝台でカクレは眠ってしまった。  窓辺に置いた椅子に座り、黒い玉を手に持ちながら目をつぶる。  魔力を黒い背景に描いていると黄色い砂が現れて開かない視界に光が射して、また陰る。  また、彼のことを思い出す。ドロウが傍にいて、いつも口付けの一つでも毎日してくれたら、この玉は必要ないかもしれない。それ以上を折々すれば…制御できる魔力を玉に出す程に溜めることもない。カクレだってそうだ。ガトラーを介してなんて、甘えたい言い訳なのだろう。  成人してから持て余すこの欲が厄介だ。それに、強すぎる魔力が相手を選ぶ、限定させられる。  ドロウが迎えに来てくれたのは嬉しかった。それでも逃げたのは彼が許せなかったからだ。身体は自然と動き、彼を拒否した。  後から、このまま許すふりをしたくなかったのかもなと考えられたけれど、結局は衝動的な動きだ。  旅に出た最初の時、魔王を倒して村へ帰れればそれで良かった。ドロウがたまに訪ねて来てくれれば、なお良いと思っていた。  この魔力は尽きない。ならば魔導士の免状を取り、魔力を使い続けるのが良いかと考えが変わってくる。そのうちに処理しきれない身体の熱を誰かに受け止めてもらいたいと願い始めた。  相手はドロウしかいない。国へ帰り、魔導士になり、ヤットキット紹介所で雇ってもらいドロウと共に生きる。  そんな消していって最後に残ったような場所にドロウがいたのも気に入らなかった。  最初から最後までドロウ、ドロウ。 「あぁ…。もぉう…。」  ドロウが恋しくて、欲しい。これは昔からの名残だ。カクレが去ってからトムには彼しか頼れる人間がいなかった。だから彼しか知らない。他も知りたいと欲していた。  その為の、旅だ。ドロウ以外を探す旅。でも結局、ドロウに行き着く。嫌だ。嫌いだ、あんな奴とまた呻く。 「トムさ、いつもそうしてるの?」  寝台からカクレの声がする。眠って起きて、少しかすれている。 「自分で自分を慰めてるか、誰かとしてるみたいで、すごく興奮するよ。」  カクレが手招きをする。 「こっち来る?」  トムは恥ずかしい気持ちにもならない。これは自慰ではなくて、生きる為に必要な行動だからだ。切実に。 「カクレ、もっと素直になりなさい。」  トムは足元に転がした玉を拾い上げる。 「トム、それじゃ足りないでしょう。玉はまだあるから、ちゃんと出しておきな。自分の魔力に焼かれて君が死ぬなんて、僕は嫌だからね。」  カクレは早くドロウの所へ戻れとも、ここへ勝手に彼を呼んでトムを引き渡したりなんてこともしない。  無駄な通信が来ないように耳飾りを外したことも、トムは知っている。  なにも言わずに、横たわるカクレを布越しに抱き締める。 「すごい魔力の香りだ。」  スンスンと鼻が動く音が聞こえる。 「トム、あの魔導士となにもなかったなんて、言わないよね?」  カクレの背をさすりながら、ないってばと返す。 「嘘だよ。だって再会した時からトムの匂いに混じってるよ。あの魔導士の香りが。」  嘘だよと、今度はトムが呟く。  あるとすれば、あの半月の晩。トムが目を覚ますと、しばらくここにいるからと、一月をぶらぶら過ごしていたあの時か。  トムはカクレをまた抱き締める。強く。 「相手が違うだろぉ。」  そう言って、カクレもトムを抱き締める。強く。
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