ドロウはなにも知らない

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 北の国の王子が王になるって、あの変態師匠か?と金髪を三つ編みにしてもらってエリを連れて帰った呑気な男を思い出す。  あれから二年。婚儀を挙げて、幸せに暮らしているだろうか。数日だけの仲間だったけれど、エリを嫁にしても「穏やかなで幸せ」な生活なんて送れないだろう。  そもそも、そんな生活をしている家族をトムは見たことがない。誰かと暮らすということは複雑で。実は人間の感情を一部屋に押し込めて、捩じったり、平べったくしたり、畳んでみたり。そうしてその中での間を探していく。それがその家の「穏やかで幸せ」というものだったりする。  ドロウと暮らしたらどうなるかな。  今から他の男の所へ帰ろうとしているのも、ドロウが待っていないかもしれないなんてことも忘れて、足は急くのに気持ちは三日後に国へ向うことを考えている。それは玉に魔力を移したからだ、気分がいいとなんでも軽くなる。一時だけでも背負った荷物を降ろしてもいいじゃないかと足元の石を蹴った。 「おかえり。今回は、早いお帰りで。トム。」  魔王の城からさらに東へ。魔力を使わずに、急ぎ足で三日。途中で仕事もしながら帰って来たトムを出迎える男は店仕舞いをして食器を洗ったあとの手を前掛けで拭いていた。  カウンターに置いたただの石を数えながら、もとのカゴに戻している。 「ひとつ、ふたつ…。今までで一番、早い。急いでくれるようになった?」  カゴを棚に入れて見えなくすると、トムの所へ来て頬と、唇の端と、首と…肌が出ている所は全て、唇以外に口付けをして抱き締める。まだマントを脱がないトムの身体をその上から肩、腰…とさすっていく。 「これはこれで、苦しい…。やめて、ソウ。」  トムはソウと呼んだ背のやけに高い男の胸に…トムの背から考えれば、もう腹のあたりか、に抱き付く。男は反射的に唇にも触れようとする。それをトムが止める。 「本当に危ないから。だめだ。ソウだと命が危ないくらい。」  やってみなくちゃ、わからないと男は言うがそれはなにもわからないからそう言える。ソウは全く魔力を持たない。かつてのカクレのように。  ある程度の魔力がある者、魔力の使い方を熟知した魔導士、城勤めの魔法使い…トムと唇を合わせた途端、失神して動かなくなった。生きていたからそのまま置いて来たけれど、金を盗んでくれば立派な賞金首になれる。それでも「おかしな男が国に来ている」と噂になり、南の国からは離れてここへ来た。  誰とも交われない寂しさと、魔力の溜まる身体を持て余し、魔王の城へカクレを訪ねる途中でソウの営む小さな料理屋へ寄った。 「また、来るといいよ。寂し気なお兄さん。」  トムはその言葉を鵜呑みにして、毎回ここへ帰ってくる。ソウはトムを求め、トムはソウが好きで一緒にいたいと願うけれど、それは叶わない。  夜中にソウが自分の唇に触れにでも来たらと思うと、怖くて部屋に鍵をかけて寝る。だったら帰らなければいいのだけれど、この胸のときめきに抗えない自分がトムの中にいた。
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