ドロウはなにも知らない

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「そういえば、今日、変な男が来たね。旅人のようだったけれど、荷物が少なくて。」  風呂をもらって、長椅子に横になるトムの所へソウが来てその足元に座る。足の指を摘まんで、よく歩く足だとそのかたくなった裏を撫でている。足元なら安心だと目をつぶる。眠らないように気を付けて。 「どこへ行くのかと聞いたら、東の村で人に会ってからの帰りだと言っていた。人を探しているけど会えない、旅を続ける、南へ向かうと。」  へぇと足先から、ふくらはぎ、ももへと伝う手から逃げるように身体を起こして話の続きを待つ。 「小柄で、栗色の耳に掛かる髪。トムと名乗る旅人を知らないかと。」  ソウはトムの短い髪の毛に触れる。 「灰色髪に灰色髭。そいつが帰った後、魔力持ちの客が震えていた。すごい魔力持ちだったな、と。」  そうなの?と誤魔化せないのはわかっていながら、トムはもう寝ようと長椅子からソウに背を向けて下りる。その背中を抱き込まれる。 「あれとだったら、できるの?僕では命が危ないくらいの魔力持ちのトム。どれだけの力を隠してるんだよ。」  あれとだったら、きっと口付けはできる。それくらいドロウの魔力は強い。そんなことは言えずにソウにこれ以上はさせるまいと膝を抱き込み頭を下げる。  少しだけ、魔力を出してみるか?でもソウは気付かないだろう。ソウはトムの身体を抱き締める。 「僕は、死んでもいいから、トム、君を愛したい。」  ソウの震える声が背中で聞こえる。愛する前に死んでしまうんだよとは言えず、自分の指を口に含む。 「なら、ソウ、口付けをしてみよう。」  優しく言うとソウの腕が緩む。身体を回してソウの唇に指をあて、そこへ唾液を絡ませたそれを含ませた。  意識を失ったソウが生きているのに安心して、トムは身支度を整えてマントを羽織る。金具をはめると裏口から外へ出た。 「魔王の城に着くのが一日遅かったのか、ドロウ。半月を見誤ったな。」  夜空を見上げて、月の形を確認すると目を地上に戻した。  そこには灰色髪で灰色髭の男。 「好きな男の所には、少しくらい魔力の痕跡を残すものなんだな。なんかの動物になったのか?元勇者から。」  トムはマントで顔を隠して歩き出す。 「三日後に北の国へ向かう一行の護衛をする。それで国に帰る。あんたはどうする?」 「じゃあ、俺もその護衛でもするかな。報酬は半分つだ。」 「それまで三日間、宿なしだ。街へ行って宿を借りる。あんたはどうする?」 「なら三日間。」  ドロウは自分のマントにトムを抱き込み、唇を重ねる。げほっ、とむせながら、やっぱりきついなと言いながらまた、二度、三度と角度を変える。 「慣れれば、一日は…。三日間ずっとは、無理だこれは。それにもう一度魔王の城に行って用事がある。お前がいないと済まないから、一緒に来い。」  またかよ、と熱を持った身体をドロウに預ける。  結局、ドロウ、ドロウだ。もう諦めるしかない。とトムはもう言葉を選ばない。 「今夜はいいんだろ。あんたなら死なないだろうから。もう僕は我慢ができない。早く抱いて。」 「早く言いなさい。待ちくたびれた。」  荷物は背負っているのにそれがやけに軽くなったようだと、トムは感じていた。  ドロウが手から碧色の輝く耳飾りを出す。耳に手が触れて、パチ、パチと音がする。耳に掛ける髪の毛がないのを見て、少し思案した後。 「耳たぶをこする音だ。合図は。二人だけの。」  トムが魔力を流すと音が聞こえる。 …ジリ…ジリ…  この音、やめませんか?とトムが笑いながら言った。その声と肩は小さく震えていて、ドロウが顔を覗き込むとその顔は笑い過ぎたのか涙で濡れていた。      
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