グレンはなんでも知っている

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「目の前にいない者がこっちを苦しめてくるというのは、俺もわかる。」  なんて言ったらいいかなと、ドロウは見えないトムに苦しめられたあの時間を思い出す。 「グレンはカクレを苦しめることを望んではいない。」  グレンはカクレにガトラーを託す日を待っていたなと、ドロウは思い出す。 「グレンはもういない。ガトラーを見てやってほしい。ガトラーはカクレを見てる。」  カクレもなにかを思い出したように拳を解き、ドロウの背中にその手を添える。 「見ていると思っていた。ガトラーを。そうか、僕はいつの間にかその後ろにいるグレンばかり見ていた。」  ドロウは自分の耳たぶに触れる。 「グレンはもういない。」  抱き締めたカクレの背中の向こうにグレンの文字が見える。紙に書き記す時、本筋から外れたことを横にちろちろと書く癖があった。整理が苦手だったグレンの紙の束は、向きも合わず、整えてもいない。その紙の端から、グレンの呟きを覗くことができたむ。  魔力は手に入れたけれど、ドロウは手に入らない。  僕の憧れたのは、魔力だったか、ドロウだったか。  苦しみから解放されて、また苦しみがついてきた。  グレンは幸せそうに見せるのが上手かったのかと、その呟きを追うのをやめた。トムはここでこれを見たのだろうかとドロウは一昨夜の言葉を思い出す。  グレンはもういない。目の前にいるのは彼だと、先程カクレに言ったのを自分にも教えてやった。 ー算段通りにはいかなかったけど、形としては言われたようになってる。もう大丈夫だ。  ドロウは耳飾りから意識を戻すと、カクレの髪を撫でた。まだ間があるなら、聞きたいことがあった。 「ガトラーとは、赤子の時に別れたはずだ。なぜ知っていた?」  言ってなかったっけ?とカクレはドロウの顔を下から見上げる。 「僕は豆粒みたいな時から、今と同じように見て、聞くことができた。ガトラーのことは赤子の時から知ってるよ。」  背中にあったカクレの手がドロウの首に回る。 「ありがとう、ドロウ。後は僕がきちんとガトラーに話すから。トムにも、ありがとうと伝えて。気を付けて帰るんだよ。少しどこかが折れたら、ごめん。」  ドロウが扉に背を向けるのと、カクレの頬がドロウの頬に当たるのと、ガトラーがお前なにやってんだ!と乗り込んでくるのは全て同時だった。  前回と似ているようで違うのは、ガトラーの拳がドロウの背中へ打ち込まれたことと、後ろから来たトムが「よし、算段通りだ」と頷いて、倒れたドロウを引きずって行ったことだけ、それだけだ。
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