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明後日の方向を睨み、唯一わずかに黒い髪が残っているこめかみの辺りを搔きながら憮然としてつぶやいた。
「その『直さん』っていうのもなぁ・・・・・・おまえだけだぜ。そう呼ぶのは」
後藤の名前は直治郎という。
エド以外の近しい、親しい人々は大抵後藤のことを『直治』や『治郎』と「短縮+呼び捨て」で呼んだ。
それにすっかり慣れ切っていた後藤には、エドが言うところの『直さん』という響きがどうにもひどく甘やかに聞こえてしまう。
もっと言えば可愛らしくすら聞こえてしまい、――戸惑った。
エドに他意や悪気があるわけではないのは、呼ばれる後藤自身もよくよく分かっているのだが。
「嫌ですか」
後藤へとたずねたエドの青い瞳は不安げにユラユラと揺らいでいた。
「嫌じゃないんだが・・・・・・何だか、その、自分の名前じゃないみたいでなぁ」
「・・・・・・」
後藤が向き直り、見たエドは何やら考え込んでいる様だった。
宴席とは思えない沈黙に耐え切れずに、後藤はエドへと水ならぬ酒を向けた。
置いた杯を取るようにと、自らのを掲げて示す。
「まぁ、とりあえずは飲め」
「はい」
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