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チハル
ある年、最後の木の処に出向くと先客がいた。
根元に座っていたのは金色の頭の少年だった。
手にしている缶の中身を呷る横顔が余りにも美味しそうだったので、つい見入ってしまう。
少年がこちらを見た。
おれと目が合った。
頭と同じ金色ではなく、艶やかな真っ黒い色をしていた。
「な、何だよっっ!これは酒、ビールなんかじゃないからな‼ジュースだからな!」
「おまえ――、おれが見えるのか」
「はぁ?何言ってんの。まぁ、いいや。あんたもこの桜、見に来たんだろ」
少年はそう言って少しだけ笑うと、尻をずらした。
幹へと寄りかかり両腕を伸ばし、真上を、咲く桜を見上げる。
「こうやって見るのが一番きれいなんだぜ。知ってた?」
「知らなかった」
「やってみ」
おれは、少年の左隣に座った。
彼と同じようにしてみる。
なるほど、きれいだ。
きれいだ。と思った。
桜を見たのは初めてだった。
憶え切れないほど長い間、目にし続けていたが、見て、きれいだと思ったのは初めてだった。
「な、きれいだろ」
少年が桜ではなく、ちゃんとおれを見て言ってくる。
この、おれの目を見てくる。
先ほどのような微かなものではなく、満開の笑みで満たした顔で。
「あぁ、きれいだ」
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