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おれは桜ではなくて彼のことを言ったのだが、彼にはまるっきり伝わっていなかった。
少年は再び桜を仰ぐ。
「コイツ、もう結構な老木でさー。なのに木登りなんてするガキいたから叱ってやった。枝が折れるっーの!」
「𠮟った」と言うのに笑う彼の声に乗り、散る花びらがひらひらと舞い踊った。
「そうか、ありがとう」
「はぁ?別に、あんたに礼を言われることじゃないって。ていうか、あんた誰?名前何ていうの?」
おれは立ち上がった。
桜を見るのはもう終わり、――お終いだ。
十分に、十分過ぎるくらいに見た。
おれは忘れないだろう。
彼と見た、この桜の花を。
この桜の花を共に見た、彼のことを。
しかし、彼は違う。
おれに釣られて立ち上がった彼へと、おれは正体を明かした。
「おれはさいはて、名前は散春」
「さいはて、ってのはよく分かんないけど・・・・・・チハルのハルは季節の春か?俺の名前は来夏っていうんだ。来る夏って書く」
「来る夏――、ぴったりだ」
名乗り返してくる少年の後ろへと、おれは回り込む。
容易いことだった。
おれは少年の両目を両手で覆った。
金色の頭のてっぺんへと宣言する。
「今年の春は、桜は終わりだ」
「・・・・・・」
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