泡立ち、弾ける

1/9
前へ
/248ページ
次へ

泡立ち、弾ける

 飲むまでに十五分以上もかかる酒があるだなんて、リュウタさんから聞いても信じられなかった。 ――こうして現物を目の当たりしていても、やっぱり信じられない。 ごく普通のにごり酒の四合瓶に見えた。 「スクリューキャップをほんの少しだけ緩めて、しばらく置く。あ、間宮君、お酒のおかわり」  本当に開けたかどうか分からないくらい、『ほんの少しだけ』キャップをひねり終えたリュウタさんはちょうど半合、90㏄が入る江戸切子のグラスを僕に差し出してきた。  長袖のワイシャツを半ばめくり上げているので、よく日に焼けている腕が丸見えだ。 特に太くも筋肉もついていないけど、逞しく思える。  つい、『精悍』という言葉が思い浮かぶくらいに――。  それは心の片隅へと追いやって、僕はリュウタさんへと細かい注文(オーダー)を訊ねる。 「又、一ノ蔵にしますか?それとも日高見にしますか?」  お酒を替えるなら、グラスも替えなければならない。 だいぶ慣れたが、未だにグラスの扱いには緊張する。  まぁ、もし割ってしまったところで、店主のシュウさんはむやみやたらに怒らないだろう。 調理でも接客でも、何一つ無駄なことはしない。 僕が尊敬する、そして、目指す居酒屋の店主だ。
/248ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加