泡立ち、弾ける

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 リュウタさんがとてもあわててうろたえているのは、見なくても声で分かる。  僕が顔を上げたのは、リュウタさんのそんな姿を見るためではない。  自分のグラスを差し出すためだった。 「大丈夫です。分かります」  僕にそう言われた途端、リュウタさんの顔は見るからにホッとした。 それに釣られた僕も、笑顔ではっきりと言うことが出来た。 「ご馳走になります。ぜひ飲ませてください」 「あぁ、そろそろ開けていい頃だと思う」  リュウタさんが四合瓶のスクリューキャップを開け切り、ゆっくりと僕のグラスへと傾けた。 にごり酒なのに、江戸切子の色と模様越しに立ち上る細かい泡が見える。 「もう、大丈夫そうだな」 「――はい」  酒だけのことを言っているように聞こえなかった僕は、心を込めて返事をした。  リュウタさんの分は、僕が注がせてもらう。 最初、リュウタさんは遠慮をした。 「僕だけじゃ、とてもじゃないけど飲み切れないから」と言ったら納得して、やっとグラスを僕へと向けてくれた。  にごり酒はだいぶガスが抜けたとはいえ、瓶内で生まれた泡はまだまだ勢いがある。 表面張力の限界ギリギリを目指すのは、今度は止めておいた。
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