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イドリスが、外套の腰に在る隠しから果実を取り出した。
大振りで、赤々としているそれはおそらく彼の故郷で採れたものだろう。
顔が近いので、イドリスがかじった果実がレヴィアの鼻先で香った。
爽やかだが、甘い匂いだ。
シャクシャクと、実に小気味よい音を規則正しく立てて食べていくイドリスを見ていてレヴィアは思い出す。
『善悪の知識の木』の実を――。
あれは、もっと濃くもっと甘い香りを放っていた。
鼻の穴にイグサで縒った縄を通され、引きずり寄せられる心持ちがしたものだ。
じいっと見つめるレヴィアへと、イドリスがかじっていない方を差し出してきた。
「レヴィアも食うか」
「・・・・・・」
レヴィアは赤い果実に両の爪を立てることでイドリスへと返事をした。
かじってみると存外に柔らかい。
『善悪の知識の木』の実の、顎を鉤で貫かれるが如き硬さはなかった。
味は甘くて美味しいが、ただそれだけだ。
綱で舌が結ばれた様に痺れはしない。
やはりあの実は唯一無二、代わりなど有り得ないのだと、レヴィアは思い至る。
幼生とはいえ、巌鳴る紛うことなき竜の声音でレヴィアがイドリスへとたずねた。
「『集会の山』が如何様な地であるかは、おまえは知っているのか」
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