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バーに到着すると、既に二葉がカウンター席に座って待っていた。これはきっと真梨子に電話をした時点でここにいたに違いない。
真梨子に気付いた二葉が笑顔で手を振る。
カウンターに座ると、なんだか懐かしい気持ちになる。離婚前はよく一人で飲みに来てたのに、譲と暮らすようになって、夜に出かけようという感覚がなくなってしまっていた。
誰かの帰りを待つというのは、そういうことなのかもしれない。
「お久しぶりです。何になさいますか?」
いつもカクテルを作ってくれたバーテンダーに声をかけられ、真梨子はふっと笑顔になる。
「いつものでお願いします」
「かしこまりました」
そのやりとりを、二葉がキラキラした瞳でみている。
「"いつもの"なんて、常連客しか言えないセリフですよ。真梨子さん、素敵すぎる」
「そんなことないわよ……」
しばらくして、カクテルのブルームーンが真梨子の前に置かれた。大好きなカクテルを口にすると、あまりの美味しさに頬が緩む。
「ブルームーンにはね、カクテル言葉が二つあるの」
「カクテル言葉?」
「そう。花言葉みたいにカクテルにも意味があるの。ブルームーンのカクテル言葉は『完全なる愛』と『叶わない恋』。ずっと私は『叶わない恋』を引きずってるって思ってたのに、今は彼への『完全なる愛』になってる。たった数ヶ月でこんなに感情って変わるのね……」
ため息をついた真梨子に、二葉は不思議そうな視線を送る。
「あんなに強気だった真梨子さんが、なんか弱ってる……」
二葉は不思議そうに真梨子を見つめる。真梨子は思わずため息をついた。
「前の結婚生活の時、ずっと戦ってた気がするの。なんて言うのかしら……そう、孤独と戦ってた。負けないように心に鎧を着て、言葉には武器を携えて。でもね、譲といるとそういうものが必要ないくらい、私のことを包み込んでくれるの。守ってくれる人がいると、こんなに弱くなるなんて知らなかった……」
「真梨子さん、それは弱いのとは違うと思いますよ。安心出来るってことです。この人になら心を預けて大丈夫って思えたんですよ。きっと真梨子さんだって、お兄さんのことを守りたいって思ってるんじゃないですか?」
「……守る? 私が?」
「相手を大事だから守りたい。お兄さんが悲しかったら、真梨子さんも悲しいでしょ? どんなことでも分かち合えるのが夫婦なのかなって、最近思うんです」
「……そう考えると、私の十年は分かち合うどころか、相手に合わせて終わりだったわ」
「まぁ真梨子さんがどうのっていうより、お兄さんが真梨子さんを溺愛してますからね! もうそれだけで十分な気もしますよ」
二葉が口にした時だった。
「ぶっ」
何事かと前方を見た二人の目に飛び込んできたのは、笑いを堪えるバーテンダーの姿だった。
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