こいねがわくは

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下から上へと彼の総身を舐めまわすように視線を這わせる父親は、息子の変貌を目の当たりにして満足したかのように口元を吊り上げている。 『いい()をしている。お前を変えたのは例の彼女か? だとしたらその彼女とやらにものすごく興味がある。 だが持って生まれた宿命を放棄し、家の問題から目を背けてきた今のお前に、そう易々(やすやす)と許しを与えることなどできない』 渋面を見せる彼に、父親は皮肉めいた笑みを引っ込めて鋭い視線を投げつける。 『こうして何度も頭を下げて誠意を見せることで、私から許しをもらえるとでも思ったのならそれは大間違いだ。世の中そんなに甘くないぞ、浬』 その表情と声には、前回ここを訪れたときに放たれた言葉と同じように否定的なニュアンスが込められていた。人工的に作り出された父親が醸し出す冷気に、浬は苦虫を噛み潰したような顔つきになる。 ――親族がお前を信用できないのも当然だ。 六年前、道を外すことなく、本家の人間として自覚を持ち、真摯に責務と向き合っていればお前を取り巻く現状は変わっていたことだろう。全ての元凶は大きな溝を生み出したお前自身にある。身から出た錆とはまさにこういうことだ。 父親の言い分はもっともだ。 要するに身勝手な恋をあっさりと許せるほど信頼に値する男ではないと言いたいのだ。そうなったのはすべて自分が犯した因果であると理解している。 だが仮にあのとき、家を出る選択肢を取りやめて清宮家に留まっていれば、間違いなく彼女と出会うことはなかっただろう。 だから後悔など微塵もない。むしろ六年前の自分を称えてやりたいくらいだ。 それなのにこの体たらくはなんだ。前回訪れたときとは違い、今回は深謝の意を見せることに徹すると決めたとはいえ、父親の説教を黙って聞くことしかできない自分が不甲斐なくて、とてつもなく情けなかった。
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