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しばらくして瞼を開けた浬は、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。
……もし自分が、ごく普通の一般家庭の男として生まれていたら。
家のしがらみに囚われることもなく、彼女と添い遂げることができたのだろうか。
途方もないことを考えれば、自然と意識が過去を振り返る。
歴史ある高貴な家柄のため、清宮家には遥か古より受け継がれてきた古くさいしきたりや習わしが数多く存在する。
長男だからとか次男なのにとかなど関係なく、その家の男子として生まれた以上、家や会社の未来を守り、次に繋いでいかなければならない。
それはすなわち、生まれた瞬間から人生のレールが敷かれているということだ。
もっとも浬は、それが親のエゴだとか押し付けだとは思っていない。
目を肥やし、様々な書物に触れ、教養を積み重ねる。
あなた自身の価値を高めなさい、考えなさい、学びなさいと母親からはよく言われたものだ。
なぜそれが必要なのか、どのように身につけていくのか、子どもでもわかるように丁寧に教えてくれたし、身近に兄という模範となる人物がいたため、別段疑問に思ったこともなかった。
そういった自分を取り囲む大人たちから自分が何を望まれてどのような目で見られていたのか、目に見えない重大な圧を肌で感じていたため、自分の立場というものを十分に理解していた。いずれ家と一族の繁栄を守るための結婚が待ち受けていることも。
それが当たり前のような世界で生きてきた浬にとって、政略結婚なんてごくありふれた日常の一つにしか過ぎなかったし、さりとて特別な感慨もなかった。
このまま敷かれたレール通りの、決して不自由さもなければ何ら刺激のない人生を歩んでいくのだろうと。
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