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東京の学校にいたときのような、特権階級的な内部生もいなければ、仕立てのいいブランド品を当たり前のように身につける者も、大企業の御曹司だからと遠巻きに見る者も誰一人としていない。
銀の匙をくわえて生まれてきた自分にとって、一個人として対等な関係を築いてもらえる日常は意外なほど居心地がよく性に合っていたし、男所帯の学部だったため、飾り気のない空間は心地よい充足感があった。
それだけ見れば普通の大学生と何ら変わりないキャンパスライフを味わっていたわけだが、相変わらず恋愛というものには価値を見出せず、小賢しい子ども時代に自然と植え込まれた、結婚は仕事の一環であり、社会的信用を得る手段であるとの捉え方は二十歳を過ぎても変わらなかった。
激しい嫉妬や執着、所有欲や独占欲といった人間なら誰しもが持つ深い激情が欠落しているのだと思うが、そんな感情など持ち合わせていなくても不自由さなど一片もなかった自分としては未知な感覚にしか過ぎず、それはこれから先も変わらないだろうと高を括っていたのだ。
しかしある日を境に、これまでの固定観念を根底から覆す人物に出会う。正確には人生が激変するような“邂逅”だ。
礼儀正しく、思慮深く、知性を備えたがゆえの芯の強さ。彼女を体現する言葉があるのなら、まさしくそれらを総括した“聡明さ”だろう。それに勝る透明感と知性、健やかさを宿した表現などない。
彼女自身にのしかかる運命を決して悲観することなく、厳しい境遇に置かれても、何事も前向きに捉えて生きようとするそのしなやかな強さに胸をつかれた。
決して虚勢ではなく心から微笑む器の大きさと、人を包み込むような温かさや優しさ、懐の広さに触れるたびに心惹かれ、広く柔軟な視野を持ちながら他人に依存しない彼女の生き様をとても立派だと思った。
そんな彼女が背負うものを自分が楽にして、幸せにしてあげたい、とも。
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