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……本当は、何よりも怖かったのだ。
――考え過ぎかもしれないが、いつ美月ちゃんに白羽の矢が立ってもおかしくなかった。
もし、もしも兄に電話で言われた一言が、己の杞憂が現実になってしまったら。
そんな訪れるかどうかわからない不安に苛まれて、彼女の幸せだけを思って別れを告げた。
でもそれは、ただ自分が傷つくことが怖くて逃げたのも同然ではないか。
最低な男だったと見切りをつけてほしくて、酷い言葉で一方的に別れを告げたくせに、最後までそれを貫き通す度胸もない。
「……最低だ、俺は」
ただ彼女を幸せにする自信がなかったのだと、失った今だからこそわかる。
じわじわと口元が歪み、食いしばる歯の隙間からもう二度と呼ぶことすら叶わない愛おしい名を呻きとともに漏らす。
「……ごめん、美月」
傷つけてごめん。幸せにできなくてごめん。
――乞い願わくは、これから彼女を照らす未来が明るく幸せなものであってほしいと思う。
しがらみや障壁などない広い世界で、ずっとずっと笑っていてほしい。
明日からの時間は、彼女を忘れることだけに費やされる。四月からやってくる仕事に忙殺され、夜は恋焦がれるほど愛した女性への想いが尽きることを期待して眠る。
そう慌ただしく過ごしていくうちに、いつかこの胸を焼き尽くす想いも泡沫のように生まれては消え、やがて思い出さなくなるのだろう。
そう信じて、今はただ彼女の未来を想った。
fin.
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