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腹を括って清宮の家に帰ることを決めたものの、着々と準備だけが進み、悩めば悩むほど入り組んだ深淵の迷路にはまり込んでしまう。
心に渦巻く葛藤を拭い切るどころか恋人を離したくないと切に願えば願うほど、彼女への想いが脳を突き刺すように抉ってきた。
だがそれでも、毎日考えあぐねた末に辿り着いた答えは、すべてを投げ打ってまで彼女を手に入れたいという強い反骨精神だった。
だからあの日――別れを告げるのではなく、己の意思を貫くために、たったひとつの想いを伝えるために、彼女が待つアパートまで会いに行ったのだ。
けれどもあの夜、一点の曇りもない澄んだ瞳で、誇らしげに滔々と語る彼女を見ていたら、伝えたい言葉は喉に詰まって何一つ言えなかった。
彼女が見据える前途には、洋々たる未来が待ち構えている。
それを切り開く彼女の将来を思い描くと、自分では彼女が望む人生を叶えてやれないのだと、やるせない思いに押し潰された。
それでも往生際が悪い自分は、一縷の望みを捨てきれなくて――……。
飲み干した酒器にぶつかる小気味よい金属音がテーブルに響いた。ダラリと力が抜けてソファに深く背もたれを預けて瞼を閉じれば、父親と会っていた苦い時間を思い出す。
彼女のアパートを去った後、真っ先に浬は新幹線の最終便で東京を目指した。
そうする選択肢しか、もう自分には残されていなかった。
無論、躊躇などしていられなかった。
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