6年3組の方程式

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6年3組の方程式

 運転席でハンドルを握る父さんの表情は硬く、少し青ざめて見える。 「母さんな、予定日が近づいてきたから、父さんたちのためにご飯のおかずを作って冷凍してたらしいんだ。朝から立ちっぱなしで料理してたら、急に具合が悪くなって、救急車を呼んだみたいだ」  会議で携帯の電源を切っていた父さんに代わって、母さんの母さんである夏目のばあちゃんが救急病院に駆けつけた。  母子ともに異常はなかったものの、大事を取って出産まで入院したほうがいいと言われ、隣の県にある夏目のばあちゃん家の近くの総合病院に入院したという。 「総合病院まで高速を使っても2時間近くかかるから、腹が減ったら後ろのパンをテキトーに食べてくれ」  父さんは一瞬だけ柚樹に目をやってから、すぐに前を向いて運転を続けた。撥水加工を施したフロントガラスに玉のような雨がぶつかっては流れていく。  ワイパーの作動音がウィーン、ウィーンと規則正しい音を奏で、ボリュームを絞ったFMから流れる人気のK-popだけが、場違いに明るかった。  後部座席を覗き込むと、コンビニ袋が転がっていて、菓子パンやお茶がはみ出ている。  柚樹が上半身を乗り出して、袋の中にあったメロンパンを取り出していると「夏目のおばあちゃんの話だと、今はお腹の赤ちゃんも母さんもすごく元気みたいだ。父さん、ホッとしたよ」と、父さんが声をかけてきた。 (どうせなら赤ちゃんだけ助からなきゃ良かったのに)  ホッとした父さんとは真逆に、柚樹は心底がっかりだ。
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